また逢う日まで、おやすみ

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また逢う日まで、おやすみ

「今日でこの世界も終わりか」  黒髪のツインテールを揺らしながら、少女がアンニュイな面持ちでつぶやいた。 「ご主人(ますたー)現実(リアル)にかえってもボクたちのこと、わすれないでね?」  次いで、銀髪の幼女が上目遣いで私に話しかける。  改めてよくできていると思う。そう、彼女たちは作り物だ。この世界も、作り物。AI。仮想空間(バーチャル)。そういう世界(ゲーム)。 「うん、もちろん。忘れないよ」  でも私にとって、作り物の彼女たちは友達だった。  だから今日――この世界(ゲーム)が終了することになってとても悲しい。  最初は、こんなに愛着はなかった。なんとなく流行っているからと始めただけ。  デジタル犯罪が増加の一途をたどり、時の政府は頭を悩ませた。  そこであるベンチャー企業が開発したのが、このオンラインゲーム。悪意のあるプログラム(マルウェア)を独自のシステムで『クエスト』や『モンスター』に変換し、全国に数十万人いるユーザーがそれを攻略する。即席ホワイトハッカーの誕生だ。  攻略において重要なのが、二体まで所持できる『相棒』。私が選んだのは、『魔族』のサクラと、『精霊族』のシヴァ。黒髪ツインテのほうがサクラで、銀髪のほうがシヴァだ。  ユーザーは遊んでいるだけだが、一応デジタル社会の健全化に貢献しているという名目で、ご褒美にクーポンがもらえたりもする。または実生活を投げうってやりがいを見出す者もいた。  とにもかくにも、そんな開発コンセプトがうけて、ユーザー数は爆発的に増えた。それはもう、デジタル犯罪を食いつくすほどに。  そう、信じられないことに、今日日(きょうび)デジタル犯罪の殆どは排除された。撲滅は言い過ぎかもしれないが、時としてユーザー間で『クエスト』の取り合いが起こるほどだ。  開発の趣旨からすればそれ自体は喜ばしいことだが、終了に至ることになったのには、別の問題が浮上したためだ。  ひとつは、想定外にコストがかさんだこと。ユーザーとの会話を学習し人格を形成する『相棒』のAI、そしてマルウェアを変換するシステムに膨大な計算コストが必要らしい。  そしてもうひとつ、ゲームに没頭するあまり睡眠障害を患うユーザーが増えたこと……。実はこのゲーム、ユーザーがログインできるのはレム睡眠時だけである。現実(リアル)で私は、ゲーム用の特殊なゴーグルを装着し眠っている。  さきほど、このゲームに過剰にやりがいを見出す者もいると言った。彼らはわざと睡眠を浅くして、ログイン時間を増やした。  少々毒舌なサクラが、口を開く。 「ご主人(マスター)、これからはちゃんと、眠れよ?」 「ん? ははは……そうだね」  かくいう私も、そのひとり。AIに心配される始末である。 「あと、就職して働いたほうがいいぞ」 「はは……そうだね」  ついでに無職。本当にこのAIは、よくできている。 「でもでも、おかげでたくさんいっしょにいられたから、ボクはうれしいな」 「ふふ、シヴァは優しいなあ」 「あんたがそれを望んだからだよ」  サクラからの突っ込み。きつい。そう、一体目はツンデレを選び、思ったよりツンツンだったので、二体目に癒しを求めた結果だ。 「サクラは、はっきり言うね」  思わず苦笑する。 「だって、そうだろう? 私たちはAIだから。どの『相棒』も、初期設定はいくらかあるけど、細かいところは主人好みになるようにできてるんだよ」  サクラは肩をすくめた。 「いや、でもさ――」 『ご利用、ありがとうございます。サービス終了まで、あと300秒です。終了後、ユーザーの皆様は強制ログアウトとなります』  私の言葉をさえぎって、運営の案内が届いた。  あと5分。迫った終わりに、三人ともしんと静まり返った。  それを破るのは、多分私の役目。 「でもさ、二人といて本当に楽しかったんだ。AIとか、仕組みはよく分からないけど、二人がただの作り物とは思えないよ。少なくとも、私にとっては本物だから」 「ボクも! ボクもたのしかったー!」 「ふん……まあ、そうかもな」 『終了まで、180秒です』 「『クエスト』、行かなくていいのか?」 「ん?」 「『相棒』の存在意義は『クエスト』攻略だから。まあ、今から攻略は無理だろうけど、『クエスト』に行かせたまま終わらせるっていうユーザーもいたぞ」  そうか。そんな終わり方もあるのかな。でも。 「うん……まあ、私は。私たちは、終了まで一緒にいよう」 「いようー!」 「……分かった」 『終了まで、120秒です』 「あのさ、調べたんだけど、『相棒』の人格データは削除されないんだって。圧縮ファイルとして残すらしい」 「? 何の話だ?」 「それで、就職の話だけど、私はこのゲームを開発しているベンチャーを目指そうと思う」 「……」 『終了まで、60秒です……59……58……』  私はこの日最後の思いを、彼女たちに伝える。 「サクラ、シヴァ、今までありがとうね。でも、”さようなら”じゃないよ。これは”おやすみ”。私が二人を、いつか起こすから」  カウントダウンの中、二人を抱きしめた。  シヴァは幼い設定だからか、ただ嬉しそうにはしゃいだ。  サクラは……初めて見る、彼女の泣き顔。 『11……10……9……』 「……待ってる。――おやすみ」 『6……5……4……』 「うん、おやすみ――」 『2……1……0――ご利用、ありがとうございました』  また逢う日まで――。 <了>
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