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告白
「ああ、どこから話せばいいのかな?
え、最初から?
いや、でも、それってどっからになるのかなぁ?うーん……そうだ。ねぇ、刑事さんラーメンって好き?
そう、ラーメンだよ、ラーメン。好きでしょ?何が好き?
家系?二郎系?それとも背脂チャッチャ系?
なに?関係ない話はするなって?いや、いや、そうじゃないんだよ。これが話の最初なんだ。だから教えてよ。
ああ、そう。中華屋系ね。いや、渋いね、刑事さん。あんたまだ若そうに見えるけど好みはおっさんだな。
……そんな顔すんなよ。ちょっとした冗談じゃないか。
ああ、そうだ。それで俺なんだけどね。俺はね、辛いラーメンが好きなの。
それは系統じゃないって?はっはっは、固いこと言うなよ。いいじゃないか、別に。好きなんだから。
でさぁ、俺の好きな辛いラーメンって横綱……わかる?そう、そう、京都発祥のラーメンチェーン店の横綱。そこにあるニンニク唐辛入りの調味料、ニントンってあるっしょ?それを小指の先くらい入れて食うのがピリ辛で好きなんよ。
だけど、それじゃ辛い物好きとは言えないんだ、って言われたんだよね。
えっ、誰にって?
友達だよ。うん、俺にだって友達くらいいるさ。ネット上だけの付き合いだから顔は見たことないけど。動画投稿者にはそういうダチが多いんだよ。
『そんなのはお前だけだ』って?
ンなことないだろ?普通だよ、普通。
ああ、で、なんの話だっけ?刑事さんが話の腰を折るから忘れちまったよ。
そうだ、そうだ。ラーメンの話!
でさ、そのダチが言ったんだよ。『その程度で辛いもの好きを名乗るな』ってね。『もっと舌が焼けるほど辛いもの食わなきゃ辛いもの好きを名乗る資格なんてない』。でも、これおかしくない?だって俺マジでニントン入れた辛い方が好きなんだもん。だったら辛いラーメンが好きでいいじゃん。
だけどさ、それで俺気がついたんだよね。
なるほど、馬鹿どもにわからせるには過激にならなきゃって。
例えばレトルトのカレーなら、さ。あるじゃん、甘口、中辛、辛口って。辛い物好きだって思わせるにはそれの辛口を食うだけじゃダメなんだって。
わからせるには、普通の辛口の20倍辛いヤツにハバネロをひと瓶まるごとかけるくらいじゃないと周りのヤツらからスゲ〜って思われないんだよ。バカはそれくらいしてやらないと理解できないんだね。
で、閃いた。
俺のチャンネルの登録者数が伸びないのも、動画の再生数が伸びないのも俺がまだ普通だからなんじゃないかって。
それでやることにしたの。
過激に、過激に、過激にってね。
まぁ、そう思ってからは色々やったよね。イタズラもしたし、炎上騒ぎも起こした、それから万引きもしたし、動物の虐待なんかもしたな。
でも、ダメだった。それでもまだまだ普通すぎるって気づいたわけ。
だから人を殺した。
ね、これかなりヤバくない?普通じゃないっしょ?はっはっは、でも人殺すのなんて簡単なのな。
やっぱ俺ってスゲ〜わって自分で思ったもん。だって人殺しても平気でいられるんだからさ。
いや、もしこれで俺が『特別』だってわからないやつがいたらバカだね、バカ。まぁ、だけど連中もやっと俺が『特別な存在』だって気がつけたんじゃないかなぁ?
はぁー、馬鹿ども相手すんのは疲れるっす。ここまでやってやらないと俺の凄さがわかんないだもん。
にしても明日が楽しみだわぁ。俺のチャンネル登録者数爆上げ、動画の再生数もスゲェことになってんじゃないかな?
うわ、ヤッベ。やっと俺の時代が来たって感じ?……ってどうしたの刑事さん?ンな顔して。
あ、もしかして俺のサイン欲しいとか?いや、いや、ダメだよ。俺は俺を安売りしないからサインはしてあげられないなぁ、ゴメンね」
遠くでクラクションの音がなった。
それで街は今日も平和に混沌としているらしいことが察せられた。若い刑事はため息を吐いた。
取り押さえた犯人、先ほどまでマシンガンのように話続けていた自称プロ動画投稿者の男を押さえつけていた手を離すと乱暴に立たせる。
犯人はまだ何か不愉快な妄言を吐いている。もうウンザリだった。こんなヤツに人生を奪われた被害者が本当に哀れだと思った。
都合がいいことに犯人を取り押さえた場所は裏路地で人の通りも全くない。刑事は犯人を睨みつけ言った。
「お前は特別なんかじゃない。殺人なんてな、大通りでいきなりケツ出して排泄するのと変わらない行為だ。誰も人を殺さないのは殺人が下劣な、馬鹿げた行為だって知ってるからさ」
刑事の言葉に犯人は額に青筋を浮かべ怒りの形相となり吠える。
「ンだとテメエ!殺されてぇのか!」
モタクタした素人くさい手つきで犯人は隠し持っていたナイフを取り出す。ナイフの先は被害者の血によって出来た曇りで鈍く光っていた。
「ああ、いいねぇ」刑事は小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。「それで刑事の俺を殺せば、本当にお前は『特別』な犯罪者になれるんじゃないか?」
「ぶっ殺す!」
ナイフが振り上げられた。しかし、刑事は慌てる様子もなく無造作にその手を左手で掴む。
「ぐわぁっ!?」
一見細腕に見える刑事の手だがまるで万力のような力でもって犯人の腕をギリギリと締め上げた。そしてドカッと犯人の顔面を右拳で容赦なく殴打した。
それでお仕舞いであった。拳を受けた犯人は白目を剥くと無様にアスファルトの上に倒れ動かなくなった。
それを見下ろし刑事は吐き捨てるように言う。
「油断した人を後ろから襲って強者を装ってんじゃねぇよ。『特別』ってのはな強い相手に立ち向かえる人のこと言うんだ。お前みたいに卑怯な手で人を傷つけるようなヤツはただのいじけた臆病者なんだよ」
そう言ってから刑事は気を失った犯人の手を拘束具でもって改めて捕縛した。
程なくして、サイレンの音が聞こえてきて初老の男が刑事の元にやってきた。
「井伏、お前またやったのか?」
呆れたように言った初老の男に若い刑事、井伏は苦笑いを浮かべる。
「悪い、おやっさん。我慢出来なくてな」
「ったく。そんな短気だからキャリアなのに出世できないんだよ、お前は。後始末するこっちの身にもなれってんだ」
ぶつぶつ文句を言う老刑事に井伏は「今夜一杯奢るからさ、説教はそれくらいにしてくれよ」と言ったのだった。
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