第31話 内情

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第31話 内情

「フォッサは今、新薬の開発に力を入れている。お嬢さんも、旅をしていたら見たことがないか?」  壮年の男がそう言いながら、ニケの目の前に小瓶に入った半透明の金色の液体を出して見せた。 「あ……!」  ハミルにもらったものと同じだったので、ニケは思わず反応した。 「これをフォッサ産とは内密に製造をして、資金を集めている」 「内密に?」  ニケは何やら嫌な気持ちがしてきた。巻き込まれたくない気持ちがじりじりとにじり寄ってくる。 「資金集めをして、国力を上げているんだ。イグニスの急成長で、私たちの国に立ち寄る商人たちが激減してしまった。これでは流通がままならなくて国が破綻してしまう。それで、これを開発して、とっかかりにしようとしている」  ニケは聞きたくもないことを聞かされているような気がして、逃げ腰になった。しかし、掴まれた手を、二人が放す気配はない。 「それと、精霊狩りと何の関係が?」 「知りたいかい? 聞いたら、協力してくれるかね?」  ニケはその瞳の底に映る冷たい何かを感じ取った。ひやり、と寒気がうなじを伝っていく。 「いいです、知りたくありません! 手を放してください!」 「なら、この精霊を今ここで殺す」 「なっ……!」  若い男が、指先からぽつりと炎を発火させる。それを、精霊に近づけていった。 「ちょっと待って! 止めてください!」  ニケは捉まれた腕を振りほどく勢いで、若い男に突っかかっていった。唇をかみしめ、顔を真っ赤にして男を見る。 「精霊にひどい事しないで!」  そのニケに落ち着くように壮年の男が声をかけた。 「話を聞いてほしい、お嬢さん。この薬と精霊との関係なんて簡単なことでね。この精霊を殺されたくなかったら、大人しく私たちについて来てくれ。君みたいな優秀な人間を乱暴に扱いたくない」 「行ったら、その精霊を治療させてくれますか?」  もちろんだ、と男たちはうっすらと笑った。  ニケは薬箱を取りに行きたいと言ったのだが、それは許されなかった。内情を知られてしまった以上、一刻も早く国へニケを連れ帰るのが優先されたようで、ニケはそのまま連れて行かれた。 (――何か、シオンに目印を……)  シオンを巻き込むわけにはいかないが、何も言わないで立ち去るわけにもいかない。ニケは、自分の腰ひもに入れていた碧海苔(へきかいごけ)に指を添わせた。  * 「……またか」  いなくなっているニケの寝床を見ると、シオンは起き上がってから、髪の毛を掻き上げてため息を吐いた。  こんなにいなくなるようなら、もういっそ毎晩、睡眠薬でも飲ませてしまおうかと皮肉で思った。 「普段は大人しいくせに、とんだじゃじゃ馬だよな」  長い髪の毛を後ろで一つに束ねると、晴れ上がって霧が地面を揺れ動く外に目をやって、それから洞窟の奥を見た。  水を一口含んで心を落ち着かせる。ニケの行動は、シオンにとっては予測不可能だった。しかし、精霊がいれば、ニケはふらふらと付いて行ってしまうことは知っていた。  薬箱も荷物も置きっぱなしの所を見ると、帰ってくる予定だったのは確かだ。  しかし、シオンを心配させるような時間まで、ふらふらとほっつき歩くような子ではない。 「何かあったか」  シオンは立ち上がると、二つの薬箱を脇に片づけておき、鞄と腰に差した剣だけを持ってニケの寝床を見つめる。  洞窟の奥へ向かって、少しだけ落ち葉が散らばっていた。シオンはそちらへと足を伸ばした。 「こんな暗い道、歩いて行けるか?」  シオンは、壁に手をついて、その感触にはっとした。ふやけたものが手のひらに付いて、その手を擦るとざらざらとする。  ほわ、と赤紫色の光が手から零れ落ちた。 「碧海苔(へきかいごけ)」  シオンは碧海苔を一房取ると、手のひらで苔の先端を擦った。すると、擦られた房が赤紫色に発光する。その光をたよりに奥へと進んでいくと、そこにまるで大広間のような大きな空洞があった。 「ここは精霊の洞窟だったのか」  壁一面に生えた碧海苔の青白い光に包まれながら、シオンはほっと息を吐く。落ち着く空間に感じるのは、精霊の息づかいが感じられるからだった。  青い泉が傍らにあり、それもよく見ると、水の中に形を持たない精霊が生息しているのが分かった。 「……すごいな、ここは」  そこまで来て、シオンはふと思い出した。 「そうだ、この碧海苔だ、あの味は」  手についていた碧海苔を舐めて、昨晩口に含んだハミルからもらった半透明の液体に感じた味に確信を持った。  そして、嫌な予感がした。あの金色の液体が数多く出回っているとすれば、大量の碧海苔が必要だということだ。  しかし、碧海苔は希少なもので、そうそう手に入ることはない。この洞窟の壁一面に生息しているほどの量があれば別だが。 「この場所は……フォッサからもほど近い」  フォッサ小国がこの場所の碧海苔を使ってあの謎の金色の薬を造っているというのであれば、何やらきな臭い。  あれを飲んだ、イグニスの精霊ウルムは体調を崩した。碧海苔が毒になるということはまずないはずだった。 「なんなんだ、あの薬は……?」  シオンが歩いていると、足跡を見つけた。よく見れば、碧海苔を踏みつけるような足跡、そして、何かが引きずられたような跡。 「ニケの足跡か」  複数人の足跡から見て、ニケとその他に二人の人間がこの場所にいたことをそれは告げていた。そして、その引きずられて苔がはがれた地面は一部で、あとの足跡は消えていた。  ――しかし。 「ニケ、何があったんだ」  擦られたことによって赤紫色に変色発光した碧海苔が、シオンが来た道とは別の暗い道に点々と続いていた。  シオンはその紫色の点の後をゆっくりと追った。
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