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第1話 嘘つきニケ
「またニケったら、そんな嘘ついているの?」
「違うってば、本当にあっちに精霊がいてそれで…ぶつかっちゃったんだって言っ」
はいはいと手で追い払うような仕草までして話を止められた。
同じ薬所で一緒に生活をしている多くの子どもたちは、ニケのことを胡散臭い目で見ているか、全く話を信じない。
「そうやって嘘ばっかりだから、ニケはいつまでたっても見習いなのよ」
「違っ…」
「仕事の邪魔だからあっちに行って」
魔力の無いニケが精霊を見ることができるはずもない。ニケに精霊が見えているとしたら、それはニケの頭がおかしいからだと、誰もがそう思って相手にしなかった。
そのため、ニケにつけられたあだ名は〈嘘つきニケ〉。町を歩けば大人にだってそう言われてしまう。
しかし、ニケは頭がおかしいわけではなかった。本当に、ニケには精霊たちが見えていた。けれども、それを信じてくれる人間は、つい半年ほど前にこの世から去ってしまった。それも、あの〈竜の患い熱〉という原因不明の治療法もない病によって。
ニケはいたたまれない気持ちになって、薬所を出た。まだ仕事中だというのに飛び出してしまったニケを止めるものはおらず、子どもたちはみんな口々に「また嘘つきニケが逃げ出した」と笑うばかりだった。
そういうわけで、ニケはもう十四歳にもなったし、この薬所の誰よりも昔から修行をしているのにも関わらず、今だに半人前の見習いの状態だった。
同い年の子どもたちはみんな、とっくに一人前になって町を出たり、ここで手伝いをしているというのに——。
飛び出したニケが行く場所はいつでも決まっていた。町はずれの精霊樹の所だ。
「あら、ニケ。またサボっちゃったの? みんなに、嫌なことでも言われたの?」
ニケがトボトボと歩いていると、気さくな笑顔で話しかけてきた人物がいた。見れば、大量の花を抱え込んで運んでいる最中の、花屋の看板娘のレイだ。彼女は花のように柔らかな笑顔をニケに向けた。
「大丈夫? 落ち込んだ顔しているわよ。このお花を一本あげるから元気出してちょうだい。はい、この白いお花。ニケの髪の毛と同じ色だし、あなたによく似合うわ」
「あ、ありがとう。お金……」
いいわよ、プレゼントだからとレイは微笑むと、また花を運ぶために歩き出して行ってしまった。ニケは渡された白い花をじっと見つめ、それを持ったままとぼとぼと歩き出した。
レイとニケのやり取りを見ていたパン屋の女将さんが「ちょいと」と言ってレイを呼び止めた。
「あら奥様、どうされました?」
「ニケに花なんかあげてどうするんだい。あんな落ちこぼれの嘘つきにさ」
それにレイはちょっと困ったような笑顔を見せた。
「かわいそうな子じゃないですか。身寄りもなくて、嘘をついてみんなの気を引こうとして。拾ってくれた薬所のユタお師匠も亡くなってしまって、ますますいじめられて。苦労したのか、髪の毛まで白髪ですし」
「そりゃあ、そうだけど」
「魔力もないのに薬師なんて、どう頑張っても無理なのに哀れな子です。お花の一本くらいあげてもいいじゃないですか」
二人は振り返ると、寂しそうに歩いていくニケの後ろ姿を見送った。
薬所には戻らず、ニケはその白い花をぼうっと見つめながら、町外れにある森へと入っていった。そこはニケのお気に入りの場所で、町のみんなはほとんど来ない。
「なんで、分かってくれないのかな」
ニケが一人つぶやいて、もらった花をぎゅっと握りしめて投げ飛ばそうとした。
――その時。
『あ、ニケ! なにしてるの!?』
『わあ、お花だ。僕たちにプレゼント? あれ、どうしたの、泣いてるの……ってあれ、ほんとに泣きそう!? 大丈夫、どうしたのニケ? どこか痛いの?』
にじむ視界には、人間ではない姿をした生き物――精霊がいた。
*
チイとビイという精霊二人は、この場所に住んでいる木の性質を持つ精霊だった。小鳥の形をしている二人は、頭から二本の角が生えていて、身体からは草木が茂っている。
この辺りの精霊は、動物の形などをして、だいたいが身体から草木を生やしていたり、花を咲かせていたりする。
チイもビイも、身体から美しい草木の芽が生え、そして花を咲かせていた。その幻想的な姿の二人にニケが手を伸ばすと、そこを宿木にして二人がとまる。
心配そうにニケをのぞき込むので、慌ててニケが涙をごしごしと服のすそで拭って、二人に今しがた投げ飛ばそうとした花を見せる。
「もらったの。二人にあげる……私には似合わない」
二人はニケより小さかったので、チビだねと言ったのが始まりで、名前を持たないという彼らにニケがチイとビイと名付けた。それ以来、ニケは小さい時から彼らの所へよく遊びに来ていた。
花を見ると、二人は嬉しそうにそれを交互に見つめて顔を寄せた。
『ニケにとっても似合うよ。ニケの白い髪の毛にぴったり!』
『僕たちが飾ってあげるよ』
ニケが止めるより早く、二人の精霊が花をくちばしでつまむと、長すぎる茎を外してニケの髪の毛を整え、耳の上にちょこんと乗せた。
『すごい似合うよ!』
『きれいだよニケ、お花も喜んでいる。僕たちが祝福をあげる』
二人は目をつぶると、ニケも慌てて目をつぶった。
祝福とは精霊たちの挨拶のようなもので、好きな人に渡すお守りのようなものだ。精霊の祝福を受けたものは幸せになると言われている。
この祝福を渡してもらう瞬間は、心地が良い。まるで二人の世界にニケも入れたような気持ちになる。
――人間の友達なんかいなくたっていいや。
こうして彼らが共にいてくれれば。そうすればニケは寂しくない。そう思ったら、ささくれ立っていた心が少しだけ和らいだ。
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