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「奥山様ー! 奥山様ー!」
「上原キャプテン、今日の十時挙式をご予約された……」
「あぁ、分かっている。今、ご新郎のご家族にも連絡を取ってみたがそちらには向かっていないようだ。君はもう少しこの辺りを探してくれ」
喧騒の場からそう遠く離れていない茂みの中。スタッフ総出で捜索する様子を小さな穴から見送り、深く溜息をついた。
(大事になってしまった……)
祖父に送ってもらい、先に式場入りした華子は一旦家族と別れた。メイク室に通され、スタイリストと仲良く談話しつつお花をつみに行ってくる、と口実をつけて逃走。異変に気付かれるのは時間の問題だった。
短冊、サンタ宛てのクリスマスソックス、卒業文集にも将来の夢は『大切な人のお嫁さん』と書いてきた十九年間。夢はもう目前で手が届くところにあるのに、掴もうとしたら一瞬で消えてしまう。
(私の人生、なんだったんだろう。明日へ進むことすら許してくれないなんて、運命の神様なんて……大嫌いだっ)
膝で山を作り、顔を埋める。気分は一度は浮上したもの、この所は浮き沈みが激しい。まるで日が経った風船、脆さで言えばシャボン玉だ。
膝小僧に涙が零れ、ころころと雫が落ちていく。靴に冷たい感触が走ったのは急に天気が顔色を変えたからだ。
とんとん。肩を不覚にも叩かれ、反射的に顔を動かした。
後ろに立っていたのは警備員でもスタッフでもない。厳密には腰を屈め、黒の祭服を着た男だった。今日会うにはまだ早すぎるタイミングだ。
一瞬晴れたのかと勘違いしたのは牧師が水色の傘を広げていたせいだろう。
「うおっと。……奥山さん? どうしてこんなところに……」
額縁眼鏡の奥で瞬かせる牧師に対し、華子は危機を感じていた。すぐに全スタッフを呼び出され、身内を前に温厚な牧師に怒られるところまで想像でき、自分が起こしてしまった迷惑の数々に体が震える。
行動をどう受け止めたのか、牧師は手を差し述べてきた。大きくて骨太な手だ。
「お身体に障りますから、まずは移動しましょう」
声音は変わらず、ゆったりとして温かみがある。人前式で問われる音色と一緒だ。
華子は首を横に振った。意地を張っているのではなく、後ろめたさがあった。
「ここで鑑賞するのはオススメしませんね。狭いし暗いし、話し合えるようなご友人もいません。ちょっぴり居心地悪くありませんか?」
子供を諭すような言葉の端々から優しさが滲み出ていた。柔和な笑みを浮かべられ、指が手の平に触れそうになったが、やっぱり引っ込めた。
「いいです……。そういった場所には慣れているので。牧師さんこそ、ここを離れた方がいいと思います」
(こんな状況じゃ騒ぎが落ち着くどころか、もっと酷くなるよね。本当は戻った方がいいと思うけど、やっぱり……)
繰り返す現実は挫折と似た恐怖がある。純粋無垢に信じて疑わなかったものが実は自分に合っておらず、指先にかすったと幻惑を見せて遠い存在になっていく。初めは立ち上がれても二度、三度と重なると堕ちていく自分を無視できず、信用するなくなってしまう。
「うーん」
考えに耽っていたが、牧師の悩ましい声で現実に戻った。「…………実はここには……。いや、仰らない方が身のためですね」
「な、なんですか……?」
身のためとはなんだ。顎を摘み、顔をカクリと動かす牧師は話を寸止めにする。
「チャペルは新築したばかりですけど、ざっと二百年程の歴史がありましてね。時が移り変わりゆく中であんな……っと、これは人様にお話してはいけないと爺様から釘を刺されているのでした」
(なんなの? 神妙な面持ちで話題に出されたら何かあったのかと思うじゃない!)
そもそもこの一辺に何かがあったのだろう。誓いの儀式でしか牧師と話さないが、あくまで受け答えに過ぎず、こちらからの回答も決まっている。
「冗談に決まっていますよね……? 幽霊とか、お化けとか……そういうのじゃ、ありませんよね?」
今度は非科学的なものに対しての震えが来た。華子にとってそういった類いはてんでダメなのだから。
慎重に確認した直後、華子の細く白い首筋に冷たい雫が落ちてきた。自ら発汗したものでないと分かるや否や、短い悲鳴を出す前に後方へ飛びついた。牧師は尻餅すらつかずに華子を受け止める。
「嘘ですよね!? 嘘と言ってくださいぃ……」
震える手を握りしめても、恐怖は内にある。涙声のまま否定の言葉を求め、安寧を必死に探した。
「……ふふっ」
「わら……、嘘つき!」
頭上を見れば「ふふふっ」と笑いを抑えきれない牧師がいて、カッと血が頭に上った。けれど、年相応に泣き付いたことへの羞恥の念が時間差で襲いかかってそれ以上は何も言い返せない。
ひとしきりに笑われ、気が済んだのか「じゃあ、行きましょう」と促される。柔和な顔がさら解れている。
「……他の方には言わないでくださいね」
ようやく手を取り、牧師の後に着いて行った。
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