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結納当日の日曜日。
わたしは長いストレートの黒髪をハーフアップにして花で飾り、卵色の振り袖を着て両親とホテルへ向かった。
用意された部屋に案内され待っていると、「お相手の方々がいらっしゃいました」と係の方が頭を下げた。
その後ろで、すっと引戸が開かれ、
黒紋付き羽織袴を着た男性ふたりが招き入れられる。
昨夜は胸がドキドキして眠れなかった。
憧れの人と会えるなんて。
しかも結婚できるなんて夢じゃないのかな?
目を閉じれば、ケガした幼いわたしを手当てしてくれた優しい眼差しを思い出す。
その人が大きな家に住むおにいさんだと知ったのは、ずっと後のことだった。
視線を上げられず俯いたままでいると、
正面にふたりが座る気配がした。
心臓が騒ぐ音で、向かいに座ったふたりの声が聞こえない。
自己紹介してるはずなのに頭に入らない。
めまいまでしてきて、心臓が壊れてしまいそうになる。
「……おい、大丈夫か?」
声を掛けられてハッとして顔を上げた。
向かいに座るふたりを今はっきりと見た。
よく似てる顔がふたつ。
わたしの斜め向かいに座ってるあの人が、優しげな笑みを浮かべているのに対して、向かいに座った人は、無愛想で顔をしかめていた。
え?
どうしてあのおにいさんがわたしの前にいないの?
確か、向かいに座る人がわたしの相手だって聞いてた。
まさか、……違うの?
「みずほ、紅玉さんと翡翠さんにご挨拶なさい」
促されて、それでも声が出ない。
「わたし、の……お相手って」
「俺だ。まさか勘違いしてたわけじゃないだろうな。よく見ろ。兄貴と俺は違う」
兄貴……?
わたしの前には面白くなさそうな表情をした弟。
翡翠って名前を名乗ってた。
「僕たちは双子なんだ。と、いっても二卵性だから似てるだけなんだけど」
にこやかな笑みを浮かべるのは兄。
まさか、そんな!
体が震えてくる。
「あんたと結婚するのは俺だよ。藤原 翡翠、俺の名だ」
それは、わたしにとって、天地がひっくり返った瞬間だった───
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