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いったいどれくらい見つめ合っていただろう?
いつの間にか流れていた時報も聞こえなくなっていて、あたしはハッと我に返る。
じっと見つめてしまったから、男の子は気を悪くしていないだろうか。それにもし変な奴だと思われていたら恥ずかしい。
それらの不安を払いたくて。あたしは思いきって、男の子に聞いてみる。
「ねえ、そこで何をしてるの?」
よし、胸がドキドキしてるけど、ちゃんと言えた。
けど、男の子は無反応。それどころか、あたしを無視するように、再び地面に視線を落とす。
何なの? 返事くらいしてくれても良いじゃない。
「ねえったら。聞こえてる?」
今度はもっと大きな声で聞いてみると、男の子はもう一度こっちを振り返る。
「もしかして、僕に聞いてるの?」
きょとんとした様子の男の子。そんなの当たり前じゃない、他に誰もいないんだから。
「そうだよ。君、さっきからずっとしゃがんでいるけど、どうしたの? どこか痛いの?」
距離を測るように、一つ一つ言葉を選んでいく。だけど、返ってきた返事は冷たいものだった。
「君には関係無いよ。僕に関わらないで」
何それ? 心配しただけなのに、ひどい言い方。
そりゃこの子にしてみればいらないお世話だったかもしれないけどさ。
「そんな風に言わなくても良いじゃない。気分悪いなら、向こうで休んだ方が……」
「うるさいなあ、僕のことは放っておいてよ!」
強い口調で怒鳴られて、思わず後ずさる。
ひどい。声をかけただけなのに、どうして怒られなくちゃいけないの?
せっかく勇気を出して声をかけたのに、やめておけばよかった。
やっぱりあたしは、誰とも関わらなない方がいいのかもしれない。そうすれば、こんな風に嫌な思いをしなくてすむもの。
だけどそう思うと何だか悲しくなってきて、涙が込み上げてきた。
「―――うっ」
嗚咽がもれ、にじんできた涙を手で拭う。
しかしそんな私を見た男の子は、さっき冷たい言葉をぶつけてきたのが嘘みたいに、途端オロオロし始めた。
「ちょっと、何泣いてるの? ご、ごめん。言い過ぎた」
男の子はここで初めて立ち上がり、あたしの前までやって来る。だけど泣いているあたしに、何をしてやればいいのかわからない様子。
男の子は戸惑いながら、そっとあたしの頭に手をかざした。
「ごめん、本当にごめん。もう酷いことは言わないから」
「――うっ、――うっ」
最初は泣いていたあたしだったけど、優しくゆっくりと頭を撫でられているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
それでも相変わらず、困った様子の男の子。何だかその表情が、とてもかわいく思える。
最初は冷たかったのに、急に優しくなっちゃって、変なの。
そんな男の子を見ているうちに、悲しかった気持ちがだんだんとおかしいに変わっていって、思わず吹き出してしまった。
「……なに笑ってるの? さっきまで泣いてたのに」
「ごめん……でも、何だかおかしくて」
「訳がわからないよ」
頭を撫でるのをやめた男の子は、恥ずかしそうにそっぽを向く。やっぱり可愛い。
もう涙なんて、すっかり引っ込んじゃった。
「ごめんね。それはそうと君、さっきから何してたの?」
最初はどこか痛くて動けずにいたのかもって思っていたけど、この様子だとそれはなさそう。男の子は少し言い難そうにしていたけど、呟くようにポツリ。
「探し物」
「探し物って何を?」
「とても、大切な物」
「大切な物って?」
おうむ返しにたずねたけど、男の子は答えてはくれない。バツの悪そうな顔をしながら、そっと視線をそらしている。
「大切な物なら、あたしも探すのを手伝うよ。いったい何なの?」
「本当? あ、でももう今日は遅いし。早く帰らないと、お家の人が心配しない?」
心配……してくれるのかなあ?
こっちに引っ越して以来、ママはずっとお仕事ばかりで、帰ってくるのも遅い。家に帰っても、一人で寂しく夕食を食べるだけだろう。
「いいよ。ママはあたしよりも、仕事の方が大事なんだから」
半ば投げやりな気持ちでそう答える。すると男の子は途端に悲しい目をしてきた。
「そんなことを言っちゃダメだよ。やっぱり、心配かけるのは良くないって」
「良いもん。それに君だって、その大切な物をまだ探すつもりなんでしょ」
「それは……」
返事に困っている。思った通りだ。
探し物が何なのかは知らないけど、さっきまであんなに夢中になって探していたんだ。きっとまだ止める気はないのだろう。自分は帰らないのに人に心配かけちゃダメだとは言えないよね。
すると男の子は諦めたように言う。
「わかったよ。それじゃあ今日は僕ももう帰るから、君もちゃんと家に帰る。それで良い?」
うっ、そんな事を言われるとは思っていなかった。これだと無理に残るわけにはいかない。
だけど、この子はそれで良いのかなあ? 何だか探す邪魔をしちゃったみたいで、罪悪感を覚える。
「探し物はいいの?」
「うん、明日また探せば良いし」
「明日? 明日も探すの?」
「そりゃ探すよ。だって、大切な物だもの」
そう言った男の子の目は真剣で、本当にとても大切な物だと言うことがわかる。いったいどんな物なのだろう?
「さあ、暗くならないうちに帰ろう」
「う、うん」
気にはなったけど聞けないまま、促されるように背中を押され公園を出る。
背中にあった手の感触が消えたところで、私は振り返った。男の子にちゃんとサヨナラを言いたくて。でも。
「あれ?」
さっきまで確かにあったはずの男の子の姿は、何故か忽然と消えていた。おかしいなあ、数秒の間にどこかに行ってしまったのだろうか。
公園内を見渡してみたけど、まるで最初からそこには誰もいなかったようにガランとしている。
狐につままれたようって、こういうことをいうのだろうか?
だけどいつまでもここにいても仕方がない。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、男の子に言われた通り、家へと帰って行く。
そういえばあの子の歳も名前も、聞いていなかったっけ。その事に気づいたのは、家に帰った後だった。
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