第5話

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第5話

 夏休みが始まった週の土曜日。僕とママとパパは、村の入り口にあるバス停に降り立った。 「チッ、携帯も通じねぇのかよ。俺は見舞いが終わったら泊まらずに帰るからな!、辛気臭くて嫌いなんだよこの村は…」  バスから降りたパパが悪態をつく。 「ありがとうアナタ、一緒に来てくれただけでもう十分だから…」  ママは悲し気にパパにお礼を言うと涙ぐんだ。 「死ぬ前に見舞いにも行かなかったと、後でお前の親戚から文句言われたら俺の立場がないだろう! ほら行くぞ」  パパは不機嫌な様子で村の入り口へと歩き出し、ママがその後に続く。僕はそんな二人の様子を見ながら、ママへの申し訳なさで一杯になる。  実はパパを村まで連れ出すために、おばあちゃんと一芝居打ったのだ。「具合が悪く余命幾ばくも無いので、最後に家族に会いたい」、そうおばあちゃんからの電話を貰ったママは号泣した。そして世間体を気にするパパは嫌々ながらも一緒に来てくれた、という訳だ。  おばあちゃんは鍬を振り回して畑仕事できるほどピンピンして元気だよ。…嘘ついてごめんなさいママ。計画が上手くいったら全部本当のことを話すからね  僕のこの日の格好は、片手に虫取り網を持ち、反対の手には虫かご、背中には小ぶりのリュックを背負っている。  出掛ける時にママに少し変な顔をされたけど、これも作戦のうちだから譲れない。  バス停から村の入り口までは山深い細道をかなり歩く。下に渓谷が見える古びた橋を渡ると、村の名前が書かれた古びた木製の標識がようやく見えてきた。この村の入り口からおばあちゃんの家までは、さらに徒歩で約15分ほどかかる。    一本道の長閑な田舎道を歩く僕たちの両側には野原が広がっている。だが向かって左側だけは道なりに柵で囲われている。まるで立ち入ってはいけないといわんばかりに。  僕は前を歩くパパとママを小走りで追い抜いて、柵を乗り越える。そして3歩進み、そこで振り返りパパを呼んだ。 「パパ、村一番のあの大きな杉の木にはカブトムシがいっぱいいるんだって!」    僕は柵の中の野原の正面にある木を指差し、無邪気を装ってパパにカブトムシを取って欲しいとせがむ。 「拓海、遊びにきたんじゃないのよ」 「ママは先におばあちゃんのところに行ってあげて、僕は後からすぐパパと行くから」  ママが心配そうな顔で僕を嗜める。だが一刻も早くおばあちゃんの元へ向かいたいのだろう。「パパにあんまり無理言わないでね…」そう言うと、渋々だが先に行ってくれた。 「生き物を飼って観察日記をつけるのが夏休みの宿題なんだ。休み明けの授業参観(・・・・)で発表しなきゃいけないのに…困ったなぁ…」  僕は焦る気持ちを抑えながら、パパをもう一押しするために、授業参観をことさら強調して言ってみた。 「面倒くさいな…1匹だけだぞ」  するとパパは文句を言いながら柵を乗り越え、僕の手から虫取り網を乱暴にむしり取った。  杉の木は僕が立っていた地点から10メートルほど先にある。草木が生い茂る野原を、杉の木を目指して真っすぐに歩くパパの後ろ姿を、僕は緊張して見守る。  柵は適当に乗り越えているわけではない。予めおばあちゃんが星の印を付けておいてくれた場所を乗り越えたのだ。  そうこれは、ぶっつけ本番のたった一回きりのチャンス…  数メートルほど歩くと、うわっ!?と短い悲鳴をあげ、父の姿が忽然と視界から消えた!?。
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