第7話

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第7話

 井戸の中で水面が波打つ激しい水音が聞こえ、硬い物をバリバリと噛み砕く嫌な咀嚼音が耳に響く。 「足が…俺の足が…うあああっ…!?」  井戸の縁を掴んでいた手は力なく離れ、「たっ…、助け…て…くれ!」と悲鳴をあげながら井戸の底へと落下していくパパの体。  暗い水の底には、ヌメリとした黒光りする体に無数の牙のある怪物が大きな口をぱっくりと開けていて、僕と目が合った!?。  僕は怖くなり井戸から走って逃げたが、数歩走ったところで足がもつれて転んでしまう。  辺りにおびただしい血の匂いが充満し、井戸から聞こえていた悶絶するパパの声が、やがてパタリと止んだ。 「まだだ、まだ終わってない、しっかりしなくちゃ!」    恐怖といろんな気持ちがごちゃ混ぜになって溢れてきた涙を、僕は自分の腕でゴシゴシと拭う。  僕はおばあちゃんに言われた通りに、井戸の傍に落ちていたパパの旅行用のボストンバッグとスマホを拾い、急いで井戸の底へと投げ落とす。  すると井戸の底から、フンフンと臭いを嗅ぐ怪物の鼻息と咆哮が聞こえ、波立つ水音と咀嚼音が響いてきた。  怪物と目が合うのは怖かったので、僕は井戸に背を向け目を閉じて蹲る。  だがシュワシュワという炭酸水の泡が弾けるような音が耳元でして、僕は思わず目を開けてしまう。  音は井戸の底から出ているようで、湧き上がった銀色の眩い光の粒は、野原一面に弧を描くようにぐるっと広がる。そして村全体を覆うように広がっていくと、程なくして霧散してしまった。  気になった僕は勇気を振り絞って井戸の底をもう一度覗いた。怪物は水底に潜ったのか、薄暗く深い井戸の水面は静かになっている。 「パパの荷物まで食べちゃったの…? この井戸に落ちると本当に跡形もなく消えるんだ!?」  さっきまであんなに野原が血の臭いで充満していたのが嘘のように、井戸に飛び散った血も何もかもが消えていた。  野原の中を井戸まで、背の低い草をかきわけて歩いてきたはずなのに、パパが歩いた痕跡ごと無くなっていたのだ。    井戸の中を確認し終えた僕は、パパに最後の挨拶をすることにした。 「パパ、永遠におやすみ」
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