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「やっぱりさ、人生、一回は選ばれたいよね。」
どきりとした。まさか、彼女の口からこんな言葉が出てくるとは。
「でも、こればっかりは一人で何とかできるものじゃないし。好みもあるしね。」
はぁ、とため息を吐く姿が、いつもより色っぽく見える。まぁ、彼女はいつも魅力的ではあるのだけれど。
「わかった。」
俺はゴクリと唾を飲んだ。そして、ソファに座った状態でタブレット端末を操作する彼女の前に跪き、そっと右手を差し出した。
「俺と、結婚して欲しい。」
「......え。」
暫くぼんやりと俺を見てから、彼女は意味がわからないというように首を傾げた。
やはり、こんな即興の出来合いのものでは駄目か。だけど、気持ちだけは本物なのだ。
「ごめんな。ずっと考えてはいたんだけど、タイミングを逃してて。今日プロポーズって思ってたわけでもないから、指輪も」
「いやいや、そうじゃなくて。」
タブレット端末から手を離していた彼女は、少し慌てたように顔の前で左手を振っている。顔は笑っているが、少し困っているようにも見えた。
「ありがとう。だけど、私達そういうのじゃないよね。付き合ってもないし。」
「え」
「え」
場の空気が凍った。彼女と俺は、ただ、お互いを目に映しているだけだった。彼女の瞳が、不思議そうに揺れる。俺の瞳もおそらく、同じような色を宿しているはずだ。
「俺達、兄妹でもないのに同じ家に住んでる。同棲だよな?」
「同居じゃないの?」
「...身体の関係もガッツリあるよな。」
「恋人じゃなくてもそれぐらいあるでしょ。一緒に住んでるんだから。」
「......俺、君のこと好きだって、何回も言ってるよな。君だって。」
「うん。貴方のことは大好き。だから、一緒に住んでるし、喜んで抱かれてるんだよ。」
「...そういうの、付き合ってるっていうんだよ。」
驚いた。お互いに好意を持っていて、一緒に住んでいて、身体の関係もある。にも関わらず、彼女の中で俺は『恋人』という立ち位置ではなかったらしい。
「そうなの?でも、付き合ってって言われてないし、私も言ってないよ。」
「......そうなのか?」
「うん。」
確かにそうかもしれない。彼女とは出会ってから、わりとすぐに意気投合した。一緒に居ると心地が良く、気付いたら一緒に住んでいて、こういう関係になっていた。言葉では、伝えていなかったかもしれない。
「...いや、それでもこれは付き合ってるだろ。どう考えても。」
「そうなんだ。申し訳ないけど、言ってくれないとわからないよ。」
彼女は、少し困ったような顔で笑いながら、俺のことを見ている。
「だって、君は好きな相手としか一緒に住まないし、身体も許さないだろう。」
「うん。だけど、好きなのと、付き合ってるのとは、一緒じゃないよね。私は貴方が好きだから一緒に住むことにしたし、身体の関係も持った。だけど、別に付き合わなくても、『恋人』じゃなくても良いんだ。側にいられれば、それで良いからね。形には拘らないよ。」
彼女には、確かにこういうところがあった。望みが叶うのなら、他のことには拘らない。だからこそ、俺はちゃんと伝えるべきだったのだ。
「ごめんな。ちゃんと言っとくべきだった。」
「こちらこそ。でも嬉しい。私、貴方の『恋人』だったんだね。」
彼女はそう言ってにこにこしている。心底嬉しそうで、俺も嬉しくなる。
だけど、少し疑問は残る。
「だったら、さっきの『選ばれたい』ってのは何だ?結婚したいってことじゃなかったのか?」
「結婚?」
「あぁ。『一人じゃどうにもできない』とか『好みがある』とか。てっきり、遠回しにプロポーズして欲しいとねだってきているのかと。」
とはいえ、違和感は抱いていた。彼女らしくなかった。彼女は本当に望むのなら、こういう回りくどいことはせず、自分から動く。『結婚して』と自分から俺に言ってくれる方が自然だった。
「あぁ。あれは漫画だよ。」
「漫画?」
「そう。ほら、新人賞の。」
彼女が見せてきたタブレット端末の画面には、とある漫画雑誌の新人賞募集の広告が映っていた。
「やっぱり、こういうの、一回は選ばれてみたいなぁって。だけど、選ぶのは不特定多数の審査員達だし、好みもあるから、難しいなぁって。」
脱力した。
確かに、彼女は漫画を描くのを趣味にしていた。だけど、あくまで趣味で、選ばれたいと思う程とは、思っていなかった。
「何だよ。だったらもっとちゃんとしたところでプロポーズ」
「いいよ、結婚しよう。」
不意に、唇を奪われた。目の前の彼女は、嬉しそうに微笑んでいた。
「大好きな人に選ばれたって、公的に認められるのは、とっても嬉しいよ。」
彼女はそう言って、一際嬉しそうに笑った。
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