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「自分から聞いてきたくせに、覚えていることを言ったら失笑。ひどくない? うちの親」
「君のお母さんらしいね」
恋人の鶴村優一郎が言うと
「何、それ」
ヒカリはぷうっと頬を膨らませ、不服そうだった。
久しぶりに会えたというのに、生憎のにわか雨。
雨から逃げるように駆け込んだ喫茶店で、優一郎はコーヒーを、ヒカリはカフェオレを頼んだ。
注文したものが届く頃、どちらからともなく外を眺めた。
にわか雨は、既に小雨程度。
遠く日が射している。
その曇天から射す光を見て、ヒカリは自分が語った産道体験を思い出したのだろう。
「何かのドラマであったけど、ヒトは一人で生まれ、一人で死ぬんだよ」
ヒカリの産道体験につられ、優一郎はいつか見たドラマのセリフを思い出した。
「陰キャねえ」
カフェオレの湯気をふうふうと吹き飛ばすように冷ましていたヒカリが言う。
陰キャ=陰気キャラ。
昨今は「根グラ」は死語と化し、「陰キャ」と呼ばれるらしい。
優一郎は特に気にせず
「事実、そうだから仕方ない」
と続ければ
「そんなことないわよ」
さっきの逆襲とばかりにヒカリが反論する。
「ヒトが一人で生まれてくることなんて、絶対にできないもの」
「?」
何を言い出すのかと思えば。
「あなたが生まれるには、二人必要なのよ」
「親の話か」
物理的な話を生物的な話に置き換えてきた。
「そう。だから一人で生まれてくることなんて、できないの」
「僕はそういうスタンスで話をしてないんだけど」
「それが事実なんだから、仕方ない」
優一郎は、先ほどの自分の言葉を引用されて、やや不機嫌気味に無言でコーヒーを口に運んだ。
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