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行使
「今度は満点か?最近のお前何かが乗り移ってるんじゃないのか?」
周りのクラスメートからの冷やかしに苦笑いで答える。
あの日以来ずっと遡る力は続いていた。僕は、テストを受けては帰宅し、すぐに昼寝、遡ったらまた同じテストを受けるといった調子で、最終的には高得点を連発していた。
満点を取りすぎると、周りから何か求められたり不審がられそうだったので、欲張りはしないでいた。
そして、彼女とはよく話す仲になり、動物園で僕を見つける度に声をかけてくれた。よく話すというよりは「よく話してもらう」が正しいかもしれない。
彼女は本当に話し上手で、繰り出す話題は突き抜けてたりして飽きることがなかった。
「昔はキリンと話もできたのよ。今はできないけどね。」
それで、今も自らの表情を変えたりして、キリンの反応を伺っているとか。年上の彼女が小さい頃の写真を見せながら真面目な顔で言うのだから面白可笑しかった。ただ、こんな口下手な自分にここまで楽しそうに話せるんだから、意外とキリンも退屈しなかったんじゃないかなんて思いもした。
キリンを眺めながら座れるベンチで、いつも飲み物片手に朝の時間を共にする。それだけでも僕は楽しかった。
動物園にいることで落ち着くと思っていたが、彼女と一緒にいると、なお心地よく落ち着いた。
また、大人っぽい見た目に反して、けっこう子供っぽいところも魅力で、一度、会うことを断ろうとした際の彼女のふくれっ面は、自分に父性と思われるものを芽生えさせた。
僕が動物園に行く目的は、いつしか彼女に会うことになっていた。
その頃には、もう遡りのきっかけなんてどうでも良くなっていた。僕がこの力を授かったことは、彼女自身は分かっていなかったし、僕がそれを彼女に伝えることもしなかった。ただ、僕はこの繰り返される長い時間を彼女のために存分に使おうと決めたのだった。
6つ年上の大学生の女性と付き合うためにはかなりの努力が必要だ。自分自身、誰かと付き合ったこともなかったし、見てくれもそんなにいいとは言えず、童顔だ。実際、自分に対しては、さながら姉が弟に接するようなものだ。
しかし、突然目覚めた遡りの力は有意義に使えた。彼女に会った後に眠れば、時間を遡り、また会える。僕としては彼女と一緒にいる時間は長く、そして彼女のことをよく知ることができた。小さいことではあるが、好みのものを先回りして買ってあげたりもした。
「お姉さんにこんな良いものを奢るだなんて、背伸びしちゃって。」
「キリンみたいでしょ?」
アイスクリームのいちご味を買っただけでも彼女はご機嫌の様子であり、僕にも軽口で返すくらいのやり取りがだんだんとできるようになった。
時には、電車内の痴漢を捕まえたりもした。
彼女の辛そうな顔を僕は二度と見たくないと思い、時間を遡って現行犯として捕まえるまで彼女と同じ電車に乗っていたのだ。何も知らない彼女はたまたま居合わせたと言う僕にびっくりしていた。もちろん、その後に学校に行ったので、担任の先生にはこっびどく怒られたが、僕は満足だった。
また、将来のことをふまえ、ある程度の時間を勉強に割いた。学校の教育科目以外にも勉強すべきことは社会に出るうえではたくさんある。彼女にもっと近づくためには、その努力が必要だった。
仕事に就かずとも、ギャンブルなどで儲けられるのではないかという思いもあったが、試しに遡る前に万馬券が出たというレースがあり、遡った後にテレビで同じレースの結果を確認したところ、なんと万馬券ではなくなっていた。どうやら必ず当たるというわけではないようだった。
世の人や動物には「気まぐれ」というものがあるのだから、気まぐれ次第で違う結果にもなるのだろう。下手にギャンブルに走るのは遠慮した。
それに、懸念もあったからだ。
この遡りの力がいつまでも続くのか、もしくは終わるのか、それは分からなかったのだ。
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