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いつかの夜の川で
私は歩いている。蛍が舞っている。
あの日、あの夜の美しい川が、優しいせせらぎを聞かせてくれる。
「さぁ、行くよ。夏美さん」
彼が私を呼んでいる。懐かしい声だ。涙が出そうになる。
「正樹さん。ここにいたのね。ずっとずっと、ずうっと会いたかったのよ」
彼は黙って、私の手を握ってくれる。彼の指は暖かくて、私は何も心配しなくていいのだと悟る。
虫が鳴いている。どこか遠くで、船のオールが水を掻いている。誰かが川を渡っているのだろうか。
正樹さんが向こう岸を見やる。あちらに何があるのかは、暗くて見えない。彼がこうつぶやいた。
「ねえ、すぐに渡ってもいいけれど、僕はしばらく待とうと思うんだ」
私は正樹さんの言いたいことに気が付いて、同意する。
「そうね。蛍子を待ちましょう。親子で、蛍と夜空を楽しみましょう」
彼が笑う。蛍子がここにくるまでの間は、二人だけの夜だ。
蛍が舞っている。
蛍が舞っている。
天に輝くあの星々は、ここの蛍たちが天に昇った姿なのかもしれない。
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