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見知らぬ夜の街
病院の通用口の鍵を外し、外に出ると、空気は思っていたより冷たかった。
上着を持ってくるべきだったかしら。
大丈夫。すぐに行って、すぐに戻れば大丈夫。私は足早に、暗い道路を進む。
地形を頼りに、川へ向かう道を選ぶ。しかし、知っている道になかなか出ない。街の中心部なら、私が通ったことのない道路なんてないはずなんだけど。
道の微妙な曲がり具合に見覚えがあり、それが川へ向かう道だということはわかった。けれど、何度も通った八百屋や、金物屋が跡形もない。代わりに無味乾燥なコンクリート造りの建物が並んでいる。
いくつかの角を曲がったところで、やっと見覚えのある建物が視界に入った。古くからあるお寺だ。まだ幼かったころ、お爺さまのお葬式でここに来たことがある。お寺なんて夜に見たら怖くて陰気なものだと思っていたけど、勇気づけられるだなんて思ってもみなかった。
さあ、ここまできたら、川はあと少しだ。
ゆるやかな下り坂を進むと、せせらぎが聞こえてきた。
河川敷に出たのだ。水が星の光を微かに反射して輝いているのがわかる。
けれど、蛍の明かりはどこにもない。
季節が終わってしまったのか。少し残念だ。
そこで、私は身震いをした。身体が冷えてきたことを自覚する。服を強く手繰り寄せて、冷気が胸元に入らないようにと願う。正樹さんに抱きしめて欲しい。きっとすぐに身体が暖かくなるだろう。
それにしても、いつの間に河川敷はコンクリートで固められてしまったのだろう。歩きやすいといえば歩きやすいのかもしれないけれど、土の匂いがしないのは寂しい。
正樹さんの家の面影を探して、私は進む。もう何度も河川敷を歩いてきた。彼の家の屋根瓦は、どんなに遠くから見てもすぐわかる。
そのはずだった。
けれど、どこまで歩いても、見覚えのある家の姿はなかった。とっくにたどり着いているはずなのに。おかしい。
見知らぬ家々ばかりが立ち並び、どこにも屋根瓦が見つからない。
私は途方に暮れて立ちすくんだ。
空を見れば、星々が私を見下ろしている。あの星座は、たしかオリオン座だろうか。星を見るのが好きな正樹さんは、よく、空を指差して、星座の名前を教えてくれたっけ。
そうだ。東の山々の上に輝くあれはオリオン座――オリオン座!?
オリオン座がなぜ夏の空にあるのだろう? たしか、あの星座が日本で見えるのは晩秋を過ぎてからのはずだ。
じゃあ、今はいったいいつなのだろう。
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