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1-1
夕食後の洗い物をしていたら、父の茂が声をかけてきた。
「妙子、洗い物終わったら、ちょっといいかな」
「うん」
妙子は平静を保って返事を返した。
(ようやく、か)
我が家は父と娘の2人暮らし。母は妙子が3歳の時に死別した。これという病を抱えていたわけではない。ただ、病弱だった。妙子を産めたことも奇跡に近く、寿命を縮めた一因になったのだろう。
けれど妙子は知っている。母が、それでも自分を産みたかった理由を。その結果が、娘に非情な運命を歩ませることになるという、一抹の不安を抱えていたとしても。
妙子は洗い物を終えると、冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出した。トレイに2つ並べ、アイスコーヒーも用意してから、父の待つリビングへ持って行った。
「安くなってたから買っちゃった。お父さんもどうぞ」
「あ、ああ」
いつになく緊張した面持ちの茂に、妙子は内心で苦笑した。わかりやすいなあ、と思う。
妙子は、ソファに座る父の斜め向かいの床に、ぺたりと座った。コーヒーゼリーの蓋を取り、一口食べる。
(うん、甘い)
ちらりと茂を見た。
茂は膝の上で両手を組み、じっとしていた。が、意を決したように顔を上げて妙子を見た。
「妙子」
「ん?」
「お父さん、再婚を考えてる」
「うん、わかった。いつ?」
娘のあっさりした反応に、茂のほうがポカンとした。いろいろと受け答えのシミュレーションをしていたのだろうが、このパターンは準備していなかったと見える。次の言葉が出ず、パクパクと口を開閉した。
妙子はもう一口、コーヒーゼリーを食べた。
「来週から中間テストだから、それが終わってからがいいな」
「いやそれは早すぎる。じゃなくて」
茂はソファから降り、妙子と同じように床に座った。
「えぇーと、妙子、意味わかってる?」
「わかってる」
妙子としては、父がようやく切り出した、とほっとしたくらいなのである。
2年前くらいからだろうか。父の話の中に、特定の女性がちょこちょこ登場していることに気づいた。具体的な名前は出てこないが、どうやら同じ女性のことらしい。徐々に話題に上る頻度は上がっていった。茂は気づいていなかっただろうが、母、るいの話の次くらいに多くなっていた。気を許している気配が、茂の表情から読み取れた。
昨年あたりから、正式に付き合いだしたような気がしていた。ただ、妙子の高校受験があって、黙っていたのだろう。受験生への配慮というやつだ。が、妙子としては逆に、付き合ったかどうかが気がかりで一時勉強に身が入らなかった。娘のことをわかっているようでわかっていない。
無事志望校に合格した後も、茂から話はなく、高校に入学し、学校生活にも慣れてきた今、ようやく言ってくれた。
妙子としては、そんなところなのだ。
茂は大きく息をついた。
「妙子、お前がとても物わかりのいい子だってことはよく知っている。でもこれについては、その物わかりの好さは封印してほしい」
「・・・」
「まずは、彼女と会って、話してみてほしい。お前の"家族"にもなるってことなんだ」
「私の、家族」
「そう」
妙子は目をぱちくりさせた。
(その視点はなかった)
妙子としては、少しでも早く茂に"家族"をつくっておきたい、とそのことしか考えていなかった。
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