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3
食事は和やかに進み、会話も弾んだ。
妙子から見ても、楓は楽しい人だった。
最初こそ遠慮がちにしていたのだが、食事が運ばれその美味しさに緊張がほぐれたのか、「繕ってちゃだめね」とつぶやいたかと思うと、自分の仕事の面白さや難しさなどを話し始め、その流れで茂との出会いのきっかけや親しくなった経緯などを語ってくれた。
茂と楓が、「そうだっけ?」「そうだよ」などと仲睦まじく言い合う姿も、妙子にとっては新鮮で面白かった。
茂が、楽しそうだ。
父親の顔ではない。けれど、妙子には見慣れた顔だ。茂がるいの話をするときに見せていた顔。それは好きな人に見せる顔。
茂は、楓のことが好きなのだと、よくわかった。
楓も、茂のことが好きなのだと、知ることができた。
妙子はほっとした。
これなら大丈夫。
――私がいなくなっても、父は一人にならずに済む。
食後のコーヒーをいただいてる時、茂が席を外した。
妙子と楓の二人だけになる。
妙子は、ひとつだけ確かめておきたいことがあった。
「楓さん、聞きたいことがあります」
改まった口調で言われて、楓は持っていたコーヒーカップを置いた。
「父が言っていたんですが、あなたが、私の母のことを忘れなくていいと言った、と。本当ですか?」
「ええ」
「それはつらくないですか?」
楓が軽く首を傾げ、言葉を探すように視線をゆっくり動かした。
「えっとね、実は、友人たちにも言われるの」
ふふふ、と楓が笑った。
「でもね、私、考えれば考えるほど、るいさんのことを忘れてしまった茂さんが想像できないの。だって私は、るいさんのことを想っている茂さんしか知らないし、そんな茂さんを好きになったんだもの。実はね、3回は振られてるの、私」
「え」
「茂さんの中でね、一番は妙子ちゃん。二番がるいさん。で、三番目にようやく私を入れてもらえたってところかな」
楓がコーヒーに口を付けた。
「正直いって、私もよくわかってないのかもしれない。ただね、るいさんや妙子ちゃんの話をする茂さんは、とっても幸せそうで楽しそうで、そんな風に愛する家族の話をするのが羨ましくって、私もその中に入れてほしいな、って思ったのが始まりかな。友人たちには不毛だとか言われるんだけどね、なぜかしらね、嫉妬みたいなものも浮かばないの。だから、つらいとも思わない。変かもしれないけど、私にとってそれが自然だから、いっかってね」
「・・・そういうものでしょうか」
「そういうものじゃないかもね」
楓はまたふふふっと笑った。が、一転して険しい顔になった。
「ああでも妙子ちゃん、私としてはひとつ、許してほしいことがあるの」
「え、なんですか」
楓の変わりように、妙子はちょっと引き気味に答えた。
「私ね、年の離れた弟がいるの。そのせいか、妙子ちゃんのこと、どうしても、どーぉしても、娘ではなく妹として見てしまうの」
「はあ」
「妙子ちゃん、私、あなたの”お母さん”になれないかも」
真剣な顔で何を言うかと思っていた妙子は、声を殺して笑ってしまった。
「え、妙子ちゃん?!笑うところ?!」
「くくく・・ごめん、なさい、ちょっとおか、しくて」
はあ、と落ち着くために妙子は息を大きく吸って吐いた。そして楓をみて屈託ない笑顔を向けた。
「私は妹で構いませんよ。物心ついた時には母はいなかったので、なんていうか、私自身、お母さんと呼ぶ人が目の前にいた経験がなくて、全然そんなこと気にもしてませんでした。そうしたら呼び方は、“楓さん”のままでいいですか」
「え、ええ。だけど、気にならない?」
「気になりません。それに、父にとって“家族”ってことに変わりないし」
妙子はコーヒーを飲んだ。
「妙子ちゃんの中の一番も、茂さんなのね」
楓がふと言った。
妙子は柔らかい笑みを浮かべた。
「はい。私がいなくなっても、父が幸せでいてくれれば嬉しいです」
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