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「もう夜も遅いのに。君は、眠れないのかい?」
今度は彼から質問した。少年は話し相手ができたことがよほど嬉しかったのか、その質問にすぐに答えた。
「この前怖い夢を見てから、眠れなくなっちゃったんだ」
「どんな夢?」
少年は首を横に振った。
「嫌だよ。怖いから言えないよ」
その瞬間、彼の口元が歪んだ。少年は驚いて目を見開いた。
突如頬の辺りまで裂けた彼の口は人間のそれではなく、動物のようだった。
しかしそれはほんの瞬きのうちにもとに戻り、少年はたしかに見たはずの変化を幻かと思った。
「いま、お兄さんのお口、大きくなった?」
ぽかんと開いた口のまま少年が訊ねると、彼は照れたように頬を掻いた。
「ごめんごめん。あまりにもおいしそうだったから」
「そのおいしそうなものって、なんなの?」
「それはね、僕にしか食べられないものなんだよ」
少年はまたもやむっとした。どれだけおいしいのか知らないが、独り占めにしようなんてずるい、と思った。
その思いを少年が言葉にするより一足先に、彼はまた微笑みを浮かべて少年に一歩近づき、大きな手でその頭を優しく撫でた。
「……みんなが、いなくなる夢」
呟くように彼が言った一言に、少年は「え!」と声を上げた。
それはこの前少年が見た、怖い夢だった。
「お母さんもお父さんも、お兄ちゃんも、仲の良い友達も。
みんな自分の前からいなくなっちゃう夢。たしかに、怖い夢だね」
「なんでわかったの?」
「おいしそうだったから」
「おいしそうって、夢が?」
「うん。僕はね、夢を食べるんだよ」
少年はまた驚いた。
「夢って、食べられるんだ」
「僕だけだよ。君は食べられない」
「夢って、お腹いっぱいになる?」
「お腹いっぱいにはならないかな」
「それなのに、食べるの?」
「そうだね」
「やっぱり僕のおやつ、あげようか?」
「ううん。僕は夢しか食べられないんだ」
まるで物語の中に入りこんだかのような、今まで出会ったことのない、異質な彼という存在に、少年の興味はかき立てられていた。
少年はすぐにまた、彼へ質問した。
「どうして、僕の夢はおいしそうだって思うの? すごく悲しい夢なのに」
彼は考えるように少しだけ黙って、束の間真一文字になった口元に再び笑みを浮かべた。
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