神父と新婦

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 私は大罪を犯した。  カトリック教会で神父として長年神に仕えてきた身でありながら、生物としての本能に狂わされてしまったのだ。  5年前から熱心に礼拝しに来ていた女性は、私にとってあまりにも魅力的過ぎた。  それでも私は禁欲を心に誓い、あくまでも神の使徒として接することに徹してきたのだが、その我慢はある日遂に限界を迎えた。  彼女は恋人との結婚が決まり、私の教会で挙式をすることになったのだが、美しい純白の花嫁姿を見た瞬間に抑え込んでいた野獣が暴走してしまった。  「病める時も、健やかなる時も……」  その続きを言おうとした時にはもう身体が勝手に動いていた。  新婦を抱きかかえた私は、新郎や彼女の父親、親類たちを振り切って全速力でヴァージンロードを駆け出していた。  彼女は驚きのあまりに言葉が出ないようで、目を丸くしたまま私の腕の中で身を固くしていた。  「怖いですか? 私も怖いです」  「……」  20歳は離れているであろう年上の男性、しかも聖職者など、恋愛対象として見られているはずもない。  言葉ななくとも、伝わってくる身の震えから、彼女はただ恐怖しか感じていないのだということを理解した。  「私はあなたを初めて見た時から心奪われていました。叶わぬ恋と知りながらも、想い続けてきた。結ばれることはできなくても、せめて哀れな男の結末を見届けて欲しい」  ウエディングドレスの重さなどものともせず階段を駆け上がり、私は鐘のある塔の上へと辿り着いた。  そこで私は新婦を床に座らせ、遥か下に広がる街並みを見た。  滑らかで白く美しい柔肌が手から離れる瞬間、もう少しだけでもその肩に触れていたかったと名残惜しくなった。  「幸せになってください。私はもう聖職者ではないですが、ただの人として純粋にそう願います」  その言葉だけを遺し、私はこの街の最も高い場所から勢いよく飛び立った。  神を裏切った身だ。これは殉教ではない。一方的に愛を募らせていた女性の結婚を憂いた男によるただの自殺に過ぎない。  神に許しを乞うつもりもない。こんなにも美しい女性と出逢わせた神のことを許さないとさえ思っている程だ。  「人はどこまでも愚かなものです。この私のように……」  塔から天高く響く悲鳴を聞きながら、私はどこまでも、どこまでも、墜ちていった。     〆
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