ふたりきり

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

ふたりきり

 「すまんが……妻と二人きりにしてくれんかのう?」  老人がしわがれた声で言うと、人々はぞろぞろと部屋の外へ出て行く。  ——妻ですって? あんな女、どうせ遺産目当てでしょ?  ——騙されてるって気付かないのかな  ひそひそ声とも呼べないほどあけすけな陰口たちも、重たい扉が閉まると聞こえなくなる。  しんとした部屋に、雨の音がかすかに響く。  「……あなた、みなさん、出ていかれたわ」  「ああ……紗耶香(さやか)」  「八十治(やそじ)さん……」  妻は白く長い指で、老人の頬をやさしくなでる。  干からびた老人の皮膚とは対照的に、その手肌にはなめらかなツヤがある。  「……どうやらお迎えが近いようじゃ……わしの人生最期の言葉を、聞いてくれんかのう」  「ええ、もちろんだわ」  老人は静かに話しはじめた。  「これは誰にも話したことのない、わしの人生最大の秘密じゃ……」
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!