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あっちゃんはあれ以来、人前で弱いところを見せないようになった。
好きな人ができても想いを秘めたまま「真由ちゃんだけに言わせて」と打ち明けてくる。
そんなあっちゃんが暗い顔を引っ提げて私の部屋を訪れたのは、互いに社会人生活も板についてきた頃だった。
二人ともいまだ実家暮らしで変わらず隣に住んでいるのに仕事で忙しく、会うのはしばらくぶりだった。
「お父さんとお母さんが早く結婚しろって。縁談を勝手に進めてるみたい」
「あっちゃんも三十路だもんねー。ようこそ三十代へ!」
暗い雰囲気を払うように茶化してはみたものの、うちのお気楽なママでさえ「真由は昔からマイペースだから急かす気はないけど……どこかにいい人いないかしら」などと突いてくるぐらいなのだ。
あっちゃんの家は厳しいから、親の当たりが強いことは察せられた。
「笑いごとじゃないんだから。このままじゃ好きでもない人と結婚させられかねないよ。所帯を持ったら、こうして真由ちゃんと女子会もできなくなっちゃうんだからね」
あっちゃんの目から、長い時間をかけて溜め込んできたであろう涙が大粒で流れ落ちてきて、私の部屋の絨毯を一段階深い色に染めた。
「結婚なんてもうとっくに諦めてるよ。
だってあたし……、自分自身のことを女だと思ってて、男の人に惹かれるのに、どうしてだか体は男に生まれ付いちゃったんだから。
名前だって『敦』なんていう無駄に男臭い名前だし」
「あっちゃん……」
「心と体の性別が食い違うあたしのような存在を受け入れてくれる人もいたよ。何回か付き合ってもみた。
でもやっぱ根っこのところで合わないの、同性愛の人たち――男を好きになる男の人とは」
私は自分の口が「ねぇ、それならさ」と言うのを止められずにいた。
駄目だ、その先を言ってしまったら。もし拒絶されたら。
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