少年ヒーロー【パラジクロロベンゼン】

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【バラバラにして公園に放置するか? 普通】 【この事件、マジ鬼畜じゃね?】 【ヤリマンwww乙】 【犯人は、即刻タヒすべし】 【悪・即・斬】  暗く閑散とした部屋には、チャハトリアン作曲のワルツと、カタカタとタイプ音が響く。この部屋で唯一の光源であるデスクトップのモニターには、秩序のない言葉が躍った。  今日も僕は夕方に起床し、洗面もせずにデスクトップと五時間ほど向かい合っている。  ここが僕の居場所。リアルからステルスしている僕にとって、ネットとはそういうもの。 【タヒすべき悪は、他にも沢山いるだろ? 街は、悪が蔓延っている】  僕は、そうタイプし終えると、喉に渇きを感じ部屋を出る。  一階へと続く階段を降り、人気もなく冷え切ったリビングへ。僕は、慣れた手つきでリビングの灯りをつけた。この狭いリビングには不釣り合いなほど幅の広いLED照明が、辺りを照らす。  光が目につき刺さる。  僕は冷蔵庫の前に立つと、『蓮ちゃんへ。夕食はレンジにあります。母』というメモを見つけた。  虫唾が走る。  女の残したメモを乱暴に剥がすと、それをゴミ箱へと放り冷蔵庫を開ける。 「……牛乳ないじゃん」  冷蔵庫の扉を閉めると、先ほど降りてきた階段を登り、二階にある自室へと戻った。  ヘッドホンを耳に当て、床に乱雑に置かれたコートに袖を通す。皺の寄ったコートは、すぐに僕の体に馴染んだ。  ふと、デスクトップに目を向ける。デスクトップは既にスクリーンセーバー画面になっていて、まるで独りでワルツを踊っているようにメーカーのロゴが静かに揺れていた。 「行くか……」  僕は階段を駆け降りると、玄関を出た。  12月の頭。外は身を切るように寒い。  僕は、コートのポケットに手を入れる。指先にボールペンと、冷たい物が触れた。数日前に買ったガムだ。  僕は、ポケットの中に中途半端に残っていたガムを噛みながら、目的も無くふらふらと街を歩く。  いや、目的はあった。コンビニで牛乳と、軽食を買おうとしていたんだ。  しかし、痛みを感じるほどに渇いていた喉も噛んでいるガムのおかけでそれほど気にはならない。  当初の目的を思い出し、近くのコンビニへと寄ることにした。コンビニの店内は、外と比べると少し暑いくらいだ。  一度は、牛乳を手に取るも今日はコーヒーを飲むことにした。これといって理由はない。コーヒーが好きなわけではないし、ましてやブラックなんて飲んだこともない。  少し悪ぶりたかったのか、大人になりたかったのか。  僕は、コンビニを出て駐車場のブロック壁に寄りかかると、コーヒーを口にした。 「まずい……」  口の中に広がる苦味と、熱。旨いとは、到底思えない。  僕は、口に残った熱を逃がすために空に向けて息を吐き出す。白い吐息の向こうには、少し欠けた月が薄い雲に隠れ、雲全体を淡く光らせている。  夜空を見上げていると、寄りかかっているブロック壁の上に黒い猫を見つけた。 「なんのために生きてるんだろうな」  猫に問いかけるも猫は何も答えず、ただ僕を見下ろしているだけだ。  猫に聞きたかったわけではない。僕のそれは、いわゆる自問自答。もちろん答えは出ない。その点、猫でも同じこと。  僕の耳には、ワルツだけが響く。  空になったコーヒーの缶を投げ捨て、僕はまた歩き出した。  もちろん目的などはない。  ただ、街を歩き冷たさや熱を感じたかったのかもしれない。生きていると確認したかったのかもしれない。  僕は、ネオン彩る繁華街の路地を曲がった。道を一本入るだけで、薄暗く閑散としている。僕にはこっちのほうが心地いい。  しばらく薄暗い路地を歩いていると、突然脇から髪の長い派手な女が飛び出してきた。  女は僕と目が合うと、僕の胸にしがみついてきた。衣服は乱れ、口角からは出血している。  女は涙ながらに僕に何か訴えているが、僕の耳にはワルツしか聞こえない。  今しがた女が飛び出してきた路地から、キャップを斜めに被った大柄な男が現れた。  血走った目を僕たちに向ける男と、怯える女。  僕は、大体を理解した。こいつは、悪だ。  男はさらに呼吸を荒げ、僕たちのほうに近づいてくる。 「おい。最低だな」  無意識で放った言葉。僕の中で、ふつふつと込み上げてくる善の怒り。  男はもの凄い剣幕で、何やら文句を言いながらこちらに詰め寄ってくる。 「お前みたいなゴミは、社会の秩序のために死んだほうがいい」  僕がそう言った瞬間、突然視界が左に揺れ、ゴッという鈍い音が脳に響いた。  どうやら、殴られたらしい。  男は、なおも怒鳴り、無抵抗の僕を殴り続ける。  ……痛い。  これが、痛み。  今までに感じたことのない痛みを頬に受け、僕は生を自覚した。  僕らの脇を通る背広を着た男は、わざとらしく携帯を手にし横を素通りした。 「お前……死ね」  ぷつんと、何かが切れた音がした。  僕は、ポケットに入っていたボールペンを男の首筋に力一杯突き立て、勢い良くそれを引き抜いた。右手に感じるぬるくべっとりとした物。まるで、壊れた水鉄砲のように不規則に鮮血が飛び散る。  胸倉を掴む男の手は、自らの首筋に当てられた。しかし、その血しぶきは凄まじく、とめどなく溢れる。  僕は、正義を実行した。  今までに経験したことのないほどの昂揚感が、僕を襲う。 「あっけない」  間もなく、男はその場に崩れた。  辺りは一面血の海と化し、女は目を見開いて口をぱくぱくさせている。 「僕の生きる価値はなに?」  女は、なにも答えない。 「正義の実行だよ」  理解できないならそれでもいい。僕は特別な人間なんだから。  社会の善悪など関係ない。 「僕が、善だ」  僕は、ヘッドホンから流れるワルツを聴きながら、また街を歩く。  正義を振りかざし、ストレスを解消する為に。
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