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5話
犯人は尚希に任せてある。ゆえに、今頃実行犯は見つかっているだろうと、天王寺は怒りを抑えながらフロントへと向かった。
顧客情報を漏らすような宿ではない、しかし尚希ならば言葉巧みに糸口を見つけているだろうと、天王寺はあえてフロントに声をかけた。
夜も遅く、フロントには一人しかおらず、天王寺は好都合だと若干の安堵感を得ていた。
「すまぬが、兄が落とし物をしたらしいのだ。何か届いてはおらぬか?」
「天王寺尚人様、お調べいたしますので、少々お待ちを」
フロント係は丁寧にお辞儀をしてから、奥の事務所へと入っていく。高級旅館での落とし物、しかも利用客は富裕層の方々ばかり、落し物は厳重に金庫にしまわれている。故に時間がかかると分かっての行動だった。
フロントから人払いをした天王寺は、急ぎ本日の宿泊客の名前を覗き見る。
偽名を使用する者もいるが、天王寺はとある名前を見つけ、グッと拳を握った。
『高城 学』
確かにその名前があった。
「お待たせいたしました。当館で現在お預かりしておりますものは……」
「すまぬ、見つかったとの連絡があった。手間を取らせた」
「いえ、お探し物が見つかりまして、何よりです」
「感謝する」
天王寺が礼を述べると、フロント係は笑顔で会釈を返し、見送ってくれた。
部屋番号を頭に入れ、天王寺は迷うことなくその部屋へと向かう。
きっと尚希がいるだろうと、天王寺は部屋まで来ると軽くノックをしてみせた。チャイムがついてはいたが、天王寺は怒りが抑えられず、思わずドアを叩いていたのだ。
数回も叩けば、ドアが開けられた。
当然、天王寺は勢いよくドアを開けると、殴り込む勢いで部屋に侵入する。そして、すぐに尚希に抑えられた。
「落ち着いて尚ちゃん!」
そのままの勢いで高城を殴り飛ばすんじゃないかと、尚希が先手を打って抑え込んだのだが、高城の頬はすでに真っ赤に腫れ、口角からわずかだが血も滲んでおり、畳の上に座り込んでいた。
「……これは」
驚いた天王寺が声をだせば、尚希が軽く舌を出して見せた。
「ごめん、やっちゃった」
天王寺が手を出す前に、尚希がやってしまったと白状した。尚希が誰かに手を出すなんてにわかには信じられず、天王寺は驚きとともに視線を向けた。
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