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無言の姫木から、鼻を啜る音が微かに耳に届いた。
「泣いておるのか?」
「……違う、っ……」
「姫、そなたの顔が見たい」
優しく解くように天王寺は、静かに声をかける。怯えさせないように、包むように優しく。
「俺、俺、……あんなの俺じゃな、い……」
それはきっと昨夜の出来事のことを指しているのだろうと、天王寺は少しだけ困った顔をしてから、すぐに押し入れの前に片膝をついた。
恥ずかしがり屋の姫木だからこそ、醜態を思い出したくないのだと知る。ゆえに自分の顔が見れず、姿を隠していると分かった。
「尚希兄さんの部屋で眠ってしまうとは、困ったものである」
唐突に天王寺はそんな事を口にした。
「よもや、姫が酒に弱いとは知らなかったのだ」
ため息を吐くように、天王寺は襖の向こうで困った声を出した。一体何を言われているのか分からない姫木は、布団に包まったまま、首を傾げる。
「……天王寺?」
「昨夜は一緒に眠れるものと思っておったのに、一人で先に寝てしまうとは……」
しかも尚希の部屋で。と、天王寺は残念そうに言葉を繋ぐ。
それは、昨夜姫木が酒を飲んで酔っ払ってしまい、どういうわけか尚希に部屋に乱入して、そのまま爆睡してしまったと告げていた。
どういうことなのか? 姫木は昨夜起こった出来事がまるで夢のように扱われ、奇妙な顔を浮かべた。
昨日は高城に変な薬を与えられて、身体が火照って、それから天王寺に……。
確かに淫らな一夜を過ごしたはずなのに、天王寺は全く別の話をする。
「致し方なく、姫をこの部屋に残したのだが、朝の挨拶もしてもらえぬとは、なんと切ないことか」
爆睡した姫木を起こすことなく、この部屋に残して行き、朝一番に部屋に来てみたら、姫木は押し入れに入り込んで、顔すら見せてくれないと、天王寺はとても切ない声を出す。
本当にどういうことなのか? 姫木は混乱する頭を整理しようとするが、やはり天王寺のいう記憶などどこにもない。
「だって、昨日は……」
「飲みすぎであるぞ、姫」
「お酒なんか、……飲んでないだろう」
夕食に出されたのは、食前酒のみ。他にお酒など飲んでいないと言えば、天王寺から再びため息が返された。
「尚希兄さんのワインを奪ったことを、覚えておらぬのか?」
ビールなんかよりも度数が高いワインを、ビンごと奪って全部飲み干したのだと、天王寺が話す。
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