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「梶原。さん」
社内へ通じる扉の屋根まで避難した松田は、白い付箋で目隠しされた女性従業員の姿を思い浮かべながらつぶやいていた。
「庶務にあんな子いたかな」
営業が庶務と関わるのは、ミーティングルームの蛍光灯が切れた時の申請くらいだった。眼鏡とマスクの女性従業員もざらで、業務中は髪も上げている。会っていても記憶に残るはずもなかった。だが、あの香りにだけは自信があった。松田は、まだ見ぬ主に恋い焦がれているのだから。
名前を知ったことは大きかった。これは足掛かりになると思い、ふと気付いた。
梶原は去り際に松田の名を読んだのだ。営業マンの事を知っていても可笑しくはない。しかし同じ部署の古谷の事は知らなかった。更に「君は」と聞いた時。「梶原」ではなく「庶務の梶原」と部署まで添えていた。それは自分を知った上で、特定できる情報をくれたんじゃないか。松田の妄想は梶原を香りの君だと確信していた。
胸をときめかせていると、もう雨は止んでいた。誰も居なくなった屋上には、わずかに雨がたまり。床一面に雲間から覗く青空が映っていた。松田は空と屋上を交互に眺めた。
「天と地を結ぶ」
梶原の言った言葉が胸に去来し口に出していた。この夕立が自分と彼女を結ぶ雨のように思えて、目の前の空に両足で飛び込んでいた。
マッチングレインおわり
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