21人が本棚に入れています
本棚に追加
二駅ほど先の上空に真っ黒な雲があった。時折、内に秘めた脅威が閃光となって垣間見えていた。
流れてくる風の中に、わずかに雨の匂いが感じられた。やがて雷鳴も届く事だろう。
「先輩!」
9階建てオフィスの屋上で、遠くを見つめ缶コーヒーを飲んでいた松田は、その張りのある声に振り向いた。髪の毛が立つほどの短髪に、スーツが不似合いな肩幅。見るからに体育会系だが、スポーツ経験ゼロの古谷が立っていた。
「来てもらって悪いな。今日はもう約束ないだろ? ここ行ってみてもらえるか。ポリゴン社からの紹介だから話は早いと思う」
古谷は受け取った書類封筒の中身を見て声を上げた。
「俺にですか? だってこれ!」
「バカ声がデカいよ。俺くらいになったら顧客が選べるんだよ。頼むぞ」
笑って肩を叩く松田に、古谷は深々と頭を下げた。
「それと夕立が来そうだから、契約が取れても取れなくても早く帰ってこい」
松田は金網のフェンスの向こうに見える、黒い空を指差した。
「俺の手伝いしてもらうから、課長は文句言わないよ」
「はい!ありがとうございます」
どんな顧客に対しても態度がぶれないのが古谷の良い所だったが、相性が大きく影響してしまうのが欠点でもあった。
古谷の背中を見送り、残りの缶コーヒーを煽った松田は、思わず動きを止めてしまっていた。
最初のコメントを投稿しよう!