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あの日のことを思い出す。草むらで一人ボールを探していた時間は、決して長いものではなかった。悟が忙しいのもわかっていた。
それでも悠斗は、悟に対する腹立たしい気持ちでいっぱいだった。
悟のボールを探すために、一人で草をかき分けた。草むらの草は長く、硬いものも多かった。しゃがんでキョロキョロと顔を動かすと、頬に痛みが走った。草の先端で頬を切ったのだ。指で触ると、血がにじんでいた。
悠斗にとって、顔は商売道具だ。この程度の傷なら撮影には問題はないだろうが、マネージャーには注意されるだろう。「もっと気を付けろ」と。母親だって、怒るだろう。「もっと考えて行動しないから、そんなことになるのよ」と。
その時、悠斗は急に自分が惨めに思えた。悟が特別で価値ある仕事をしているのはわかる。きっとそれは、「芸能人」という悠斗のそれよりも、はるかに大事で尊い仕事なのだろう。
だとしても。
だとしても、悠斗だって頑張っていた。普通の小学生に比べれば、悠斗は頑張りすぎるぐらい、頑張っていた。小さいころから、ずっと、ずっと。
それに比べて悟は。
悟は、何をどう頑張ってきたのだろうか。
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