9.春風

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 ✳︎✳︎✳︎  この度、宇留田家に孫が爆誕した。  もちろん開智の子どもではなく、凪の子どもだ。  そして驚異の三子。性別は全員男で、ベータ、ベータ、ベータであった。たぶん。聡明曰く。  開智は凪の結婚当初、渋い顔をしていた。  凪の夫になったのは開智の同級生で、アルファの男だった。宇留田一家が親類の結婚式に出た時に相手方の友人席に偶然旧友の姿を見つけ開智が声を掛けたのだが、式場の外で友人が「もしかして高校の時よく話してたお前の家の面白い姉さんって、あれ?」と遠くの喫煙所にて礼服でうんこ座りをしながら煙草を吸ってバカ笑いする凪を指さした。 「そうだよ……やべーだろ」  開智が「珍獣だからな」と言うと友人は静かに頷いていたが、何を思ったか、開智の知らぬところで凪に連絡先を聞いていたらしい。  後日凪が「あんたの友達しつこいね」と文句を言ってきたので発覚した。  開智はすぐさま友人に「考え直せ。お前の人生を狂わせたくない。お前はオメガとつがうべきだ」と連絡をし、凪には「あいつんちはめちゃくちゃ親がやばい。純血家系の糞うるさい家だ。あいつんちの兄嫁たちも純オメガだけどめちゃくちゃいびられてるのに、お前みたいなベータが関わったら死ぬ。死ぬからやめとけ」と説得をした。  そんな開智の必死の努力を掻い潜るように友人は凪の心を懐柔させた。凪がすぐ友人に懐いたので様子がおかしいと思い、あの珍獣を手懐けるのにどんな手を使ったのかと開智が聞くと「食い物を与え続けた」とシンプルで究極な答えが返ってきた。  友人は、凪は自分の家のような旧家という名の元に隠れた本来は意味のないルールみたいなものを素でぶち破り革新していってくれそうだと言っていた。  開智は「革新してお前んちがヨハネスブルグみたいになる可能性もあるんだぞ」と必死で説得を続けた。  友人は友人で結婚に興味がなさそうな凪に結婚のメリットを解説するスライドショーを作り、子どもに道徳を教えるかの如く説明をした。しかし内容は「自分との結婚がいかに沢にとって有意義か」というもので、それは凪にしか通用しないスライドショーだったが、口がうまい奴だったので凪はそれを見たあと見事に洗脳され「結婚するわ」と言い始め、開智は涙した。  しかしそのままだとどうしても血筋的に凪との結婚は認められないだろうということで、ここからは開智の予想だが、友人はたぶん、既成事実を作ることにした。涼しげな顔で「たまたまできちゃったんだよ」と語る友人を見て、開智は自分もそうであるのに(アルファって本当怖い……)と恐ろしくなった。  そこからの三つ子誕生だった。  子どもを産んでしばらく経った凪になんとなく開智が「お前、姑にいびられたりとかしてない?」と聞いたところ、凪は「そんなこと一回もないよー。子ども産んだ時もすっごい褒めてくれたよ」と言っていた。 しかしその時の状況は凪の夫曰く、子どもが産まれたばかりの凪に自分の母が「立派な畜生腹ね」と嫌味を言っていたのだと人づてに聞いた。  凪には嫌味が全く通じなかった。  開智は絶対にやめた方がいいと思っていた結婚だったが、以前友人が「凪はうちでの重要な破壊神になる」という言葉を思い出し、何がどう転がるかはわからないものだなと思った。  恭子は立夏と開智の件があってからはずっと「もう孫の顔が見れない」と文句を言っていたが、今はせっせと三つ子のためにハンドメイドの服を制作をしているらしい。 「あいつが子ども産んでくれたことには感謝するわ。母さん俺たちにめちゃくちゃうるさかったし」  開智はそう言いながらソファに座っていた立夏の元へ行き、その股をがばりと割り開いて間に座り、自分の腹の周りに立夏の手を回させる。立夏がソファの背と開智の間に埋もれた。  体格的に座るポジションが逆のような気がするが、もう随分と前からこういう座り方が日常になっていた。立夏も大型犬を抱いているぐらいに思っている。  背中を立夏に預けたまま開智は手元の携帯をいじり、凪の子どもの写真を後ろの立夏に見せた。  立夏が写真を覗き込むと、そこには鋭い眼光のアサシンのような乳児が三体並んで写っていた。 「凪ちゃん要素……が、ない……ね」 「あっちの血が濃すぎる。怖いわ」 「確かに、全員旦那さんの顔……金太郎飴みたい……」 「物騒な顔の金太郎飴だな」  そう二人で笑っていると、立夏の携帯の着信音が鳴った。  恭子からのテレビ電話だったので、立夏は慌てて自分の股の間に挟まっていた開智をのけ、電話に出た。立夏はこうやってよく恭子とテレビ電話をするので、そのたびに開智は立夏の手でその身体から引き剥がされるので不服だった。  開智は文句を言いながら遠くのソファに腰をかけ、テレビを見始める。立夏と自分の母親の会話には特に興味がないようだった。  立夏は凪の子どもが産まれてから恭子と連絡を取るのが初めてだったので、しばらく二人は産まれた三つ子について話をしていた。 『あんたたちもお正月には凪の子、見にくるでしょ?』  毎年開智と一緒に年末年始だけは帰るようにしていたが「孫が欲しい」「もう立夏の子どもの顔が見れない」と小言を言われながら新年を迎えるというプチ苦行だったので、今年は晴れやかな新年が迎えられそうだと頷いた。  が、恭子は「まあ、孫の顔は見れたけど、立夏の子どもの顔だってわたしは見たかったけどね……」としんみりした顔をし始めた。  立夏は瞬時に自分の中で考えられうる返答を全て洗い出してみたが、あまりいい返しが見つからず「まあ……オメガの男でも現代医療に頼れば、可能性もなくは……」と小さな声で呟いた。  開智が同じ部屋にいたので聞き取られないように声を潜めたのだが、その雰囲気で何かを察知したのか開智は顔を上げた。 「こっちの死亡率とか無視したら……いける……かも?」  その場をやり過ごすための会話だったので、立夏はこの話が聞かれていないかこっそりと開智に目を向けたつもりだったが、思った以上に開智がこっちを厳しい目つきでガン見していたので慌てて視線を恭子に戻した。  画面の向こうにいる恭子はポカンと口を開けて立夏を見ていた。 「何言ってんのよ、もう諦めてるわよ。それでも立夏が今頃女の人と結婚してたらって考えちゃうのよねえ……あ、そろそろ凪が来る時間だわ。またね」  悩ましげな顔でそう言いながら恭子は雑に会話を引き上げた。立夏は自分の周りにドーナツ状の墓穴を掘ってしまった気分になった。  開智は立夏を見ている。  爆弾だけ投げ込んで後処理をしない恭子は、まるで自覚のないひき逃げ犯のようだった。
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