悩みは一緒

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悩みは一緒

 真島君は屈託の無い笑顔を向けて言った。 「敬語って、難しくない? 俺なんか、会社に入ってから毎日舌噛みそうになっているよ」 「私は……割と慣れていて……私のおじいちゃんがいつも丁寧な話し方をしていたので、まねしていたらいつの間にかこれが普通になってしまって。私の両親共働きだったから、おじいちゃん子だったんです」 「そう言うのいいね。俺は、じいちゃんは両方とも死んじゃっていたから会ったことないんだよな。ちょっと憧れるな」 「そうだったんですか……」 「また、敬語に戻っちゃってる」 「あ……」 「でも、学校ではみんなタメ言葉だし、悪い言葉やジャンクな言葉連発だよね? そんな時どうしてたの?」 「私、元々無口なタイプなので、みんなの話聞いてるばかりでした。面白い話とかも思いつかないし」 「そっか~その……いじめられたりとかは……無かったの?」  ちょっとだけ言いにくそうな顔をしながら、真島君が聞いてきた。  そうだよね……奇異の目で見られていたんだろうなと言う自覚はあった。  いや、それは今もか……  上手く周りに溶け込めなくて、いつも一人だったのは確か。  根暗とか、いい子ぶりっことか、多分、そんな感じに思われていた。  それは、話し方のせいだけじゃないと思う。  昔から、みんなとつるむようなことが苦手。  みんなに合わせようとすると、どうしていいかわからなくなっちゃう。  みんなが興味のあるアニメ見て、音楽聞いて、一生懸命話を合わせようとしたのに。 『真理はなんでもすぐ好きになるんだね。よくそんな風に周りに合わせられるね』  と言われてしまった。  私の好きな事は、みんなに見向きもされないから、  だからみんなの話題に合わせようと努力しただけなのに。  努力自体を否定された気がした。  私はどうしたらよいのかわからなくなった。  あの時から、ずっと迷子だった気がする……    だから私は、自分が傷つかないように、目立たないように、静かに周りを眺めるだけにした。  傍観者なら、傷つかずにすむから 「大丈夫でしたよ」 「そう……良かったよ」  真島君は、ほっとしたような顔で頷いた。  やっぱり、真島君は優しい人だな。    真島君は、きっとどこにいても注目の的だったんだろうなと思う。  イケメンで頭良くて、優しくて……完璧な男性(ひと)  でも、ずっと見られていたら疲れるよね。  ほっとできる時あるのかな?  そんな時間は、寝てるときだけかもしれないな。  そんな人生も、大変な気がする。  眺めていただけの私は、みんなに存在を認めてもらえなくて悲しくて、辛かったけど……  でも、ある意味、自分の時間を持てたのかも知れない。    真島君みたいに、みんなに期待されていたら、気が休まる時間ないよね。  それは、自分の時間(プライベート)が無い事と同じかもしれない。  みんなの期待に応えようとして、無理して、頑張って。 「俺さ……ずっと息苦しかったんだよね」 「え? 大丈夫ですか? 道の端に寄って休みますか?」  本日六度目の『え?』ということは置いておいて、私は思考を中断して心配になった。    やっぱり、疲れているのかも。 「ははは! やっぱり佐伯さんらしいや」  真島君は、心の底からおかしそうに笑うと、嬉しそうな笑顔を私に向けてくれた。  あれ? 何か嬉しい事言ったかしら? 「自分で言うのも変なんだけどさ、俺、一応カッコいいほうみたいなんだよ」 「はい、イケメンで頭良くて、優しいですよ」 「ぶは!」  今度はお腹を抱えて笑う勢いだ。  傘を持つ手が震えないように、必死で堪えているみたい。 「そんな風に言ってもらえて、すっげえ嬉しい」 「あ! あの……お世辞じゃなくて、本当の事ですから」 「うん、君が本気で言ってくれているのが分かっているから、だからすげえ嬉しい」  私は思わず、真島君の顔を真っ直ぐに見た。  こんなこと、みんな思っているし、みんなにいっぱい言われているはずなのに。 「この前の研修のプレゼンの時、佐伯さん声かけてくれたよね。あの時、嬉しかったんだ」 「あ」  つい先日、同期社員研修があったのだ。  職種ごとの研修だから、私達が受けた研修の内容はもちろん違っている。  でも、総合職の課題発表は、他の職種の人も聞きに行くことになっていた。  発表前に、たまたま廊下で真島君とすれ違った。  とても真剣に、口の中でリハーサルしている最中だった。  でも、いつもに比べて緊張している様子だったし、顔色が悪い気がして、思わず出過ぎたことをしてしまった。 『真島さん、大丈夫ですか?』  真島君は、はっとしたような顔で私を見た。 『あの……お水を飲んでから始められると落ち着くと思います。発表、楽しみにしていますね』  私はそれだけ言って、そのまま通り過ぎた。  その後、真島君がどんな顔をしていたのかは見ていない。  でも、発表の時の彼は、その前の緊張を感じさせない堂々としたプレゼンぶりだったので、良かったなと思っていたのだった。  覚えていてくれたんだ…… 「口では凄いとか、頑張れっていいながら、内心では俺が失敗すればいいとか、俺のこと蹴落としてやるって思っている連中がいっぱいいてね。俺のことをブランド品か何かのように、自分のステイタスのために告白してくる女性(ひと)もいるし。あの時は、ちょっと疑心暗鬼になっていたんだ。そんな自分の被害妄想な気持ちも嫌で、情けない気持ちになっていたから」 「そうだったんですね。辛かったですね」  真島君は、眩しそうな顔をして私を見た。   「真島さん、がんばり過ぎなんですよ。もっと力を抜かないと、倒れちゃいますよ」 「うん、そうだね。その通りだ……」  そして穏やかな表情を見せてくれた。  やっぱり素敵だな。  いつものキリっとしている姿より、自然体の今の方がずっと素敵と思ってしまった。  そっか……注目されても、注目されなくても、  悩むことは一緒なのかもしれない。  自分は自分、私は私……本当はそう思って生きたいのに。  周りに求められる自分を演じたり、周りに合わせようと足掻いたり  ついつい無理してしまう。  でも、本当は  君は君のままでいいんだよって言ってくれる人がいたら、嬉しいよね。  背伸びしないでも、無理しないでも、  いいんだよって言ってくれる人がいてくれたら、  それだけで生きていける気分になれるよね。
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