突然の雨

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突然の雨

 雨……  天気予報を気にする余裕無かったな。  今日に限って、置き傘を忘れて来てしまった。  ここのところこんな感じ。忘れっぽくて、ため息ばかり出る。  仕事もミスが増えて、今日も課長に怒られたばかり……  ……疲れた 「どうした?」  きっと、とても情けない顔をしていたに違いない。  ぼーぜんと空を見上げながら、会社のエントランスで立ち尽くしていると、後ろから声を掛けられた。  同期の真島(まじま)君。  今年の新入社員の中で一番冷静沈着。  仕事もできてイケメン。  なのに、みんなから嫉まれることなく一目置かれている。  色白の綺麗な肌。真っ直ぐな鼻筋と涼やかな目元。  細いけれど、筋肉質な体型で、清潔感があって。  なんでこんな人がいるんだろう?  一人で二つも三つも持っていて、ずるいな。  私なんか一つも持ってないのに。  同期と言っても、私は営業事務と言う職種で派遣社員。  真島君は正社員で総合職だから、会社の中での立ち位置は全然違う。  同時期に入社したというだけ。    この不安定な雇用状況の中で、私のように何の取り得も無い人は、正社員になるのは難しい。  派遣社員で雇ってもらっただけありがたいと思わないと。  でも、派遣だから、いつ期間満了で終わりになってしまうかわからない。  しかも、私どんくさいし……  分厚い眼鏡を掛けて、髪は後ろで無造作に一つ結び。  流行の服なんて似合わないから、いつも地味な色のスーツばかり。 「はぁ~」  無意識に出ていたため息を隠す余裕もなく、私は真島君を振り返ってしまった。 「えらくお疲れだね」    真島君は、ふわっと笑った。  細身のストライプのダークスーツにグレー系のYシャツ、焦げ茶の地模様入りのネクタイ!  なんかアパレル系の人みたいにオシャレ! 「あ、いえ、大丈夫です。ごめんなさい。道塞いでいて」  私は慌てて端に避ける。 「別に。あれ? 雨だ」  真島君は外を眺めると、すぐに鞄から折り畳み傘を探しあてた。 「お疲れ様でした」  声をかけると、「?」と言う顔をして、私を見た。 「帰らないの?」 「えーっと、もうちょっと待ってみます」 「傘無いの?」 「あ、はい、忘れちゃったみたいで」 「じゃあ、一緒に入れば?」 「そ、そんな、大丈夫です。ありがとうございます」  思わぬ一言にドギマギしつつ、丁重に断る。    傘一つで、人間二人。  一緒にってことは、相合傘ってことだよね?  いやいや、それは申し訳なさすぎる。  私はカラ元気を振り絞ってにっこりしながら、お疲れ様でしたと頭を下げた。  真島君は、一瞬じゃと言って行きかけたが、やっぱりと言う雰囲気で振り返った。   「やっぱり送ってくよ」 「え?」  この優しさが、彼がみんなから嫉まれない理由なのかな。  なんて思いながら、私は慌てて言った。 「ご迷惑おかけするし、気にしないでください。大丈夫です」 「別に何にも迷惑じゃないよ」  真島君は爽やかにそう言った。  いや、彼女に申し訳ないじゃない。  ねえ。  そう思って断ろうとすると、 「じゃあ、俺も雨やむまで待ってようかな」 「え?」  本日二度目の『え?』である。  優しいイケメンの彼女は、きっと心配や不安が絶えないんだろうなと思いつつ、もう一度丁重にお断りする。 「あの……お先にどうぞ。彼女さんが心配しますよ」  ああ、余分な一言を付けてしまった……後悔しても遅い。  なんだこいつって、思われたよね。うん。 「彼女なんて、いないし」 「え?」  本日三度目の『え?』 「でも、秘書課の峰岸さんとお付き合いされているって、みんなが言っていたから……」 「ああ、あの子とは何も。一緒に旅行行こうって言われたから、断った」  あっけらかんと答えた。 「え?」  遂に本日四度目の『え?』が出る。 「もしかして、彼氏が迎えに来るの?」 「わわわ! 彼氏なんていません!」  大きな声で思わず本当の事を言ってしまった。  少しくらい見栄とか外聞とかないのかい。わたし!  と我ながら情けなくなったけれど、あまりのことに焦ってしまった。 「じゃあ、問題ないじゃん」  真島君のイケメンスマイルにノックアウトを食らってしまった私は、「はいっ」と素直に頷くしかなかった。
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