3人が本棚に入れています
本棚に追加
14年後、王宮の一番高い所に作られた一室。
そこには、可憐なドレスを身に纏った瑠璃色の瞳の王女がいた。
「なによ、さっきの女」
「さっきの女……と、申しますと?」
この国の大臣であるセバスチャンは首を傾げた。
「税金を下げろとか言ってきた農婦よ。小麦が収穫できないから、食べるのも困っているって。パンが作れないなら、ケーキを食べればいいじゃない!」
「しかしマリアンヌ様。日照り続きで農作物が思うように育たず、農民は頭を抱えています。畑の収穫が滞れば、それはやがて全ての商業に影響してくるのです」
セバスチャンがそう言うと、窓の外から鐘の音が聞こえた。
「そんなこと、知らないわよ。それよりセバスチャン。鐘が鳴ったわ。オヤツのブリオッシュはまだなの!」
マリアンヌが立ち上がった拍子に長い朱銀の髪が揺れる。
「はっ! お言葉ですが、マリアンヌ様。王が亡き今、この国の政治は乱れ、職を無くした国民は貧困に……」
セバスチャンは、下げていた頭を上げた。
「そんなことどうでもいいのよ!」
豪華絢爛に彩られた室内にマリアンヌの怒声が響く。
しばしの沈黙の後、セバスチャンが口を開いた。
「……かしこまりました」
セバスチャンは、手に持っていた小さな硝子拵えの鈴を鳴らした。
チリンチリンと数回、虫の音の様な音が響く。
すると、部屋の扉が小さく開いた。
「入りなさい」
セバスチャンの呼び掛けに応えるように、扉がゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、マリアンヌにそっくりな少年だった。
「あ、あなたは……」
マリアンヌは、瑠璃色の瞳を見開いた。
少年は静かに扉を閉めると、マリアンヌの前に立ち、片膝を付いた。
小さく俯いた少年の右手には、銀の皿。
銀の皿には、五つのブリオッシュが几帳面に並べられていた。
「お初に御目にかかれて光栄です。王女マリアンヌ」
少年は、更に深く頭を下げた。
マリアンヌの前に跪く少年は、長く伸びた朱銀の髪を一本に縛り、その髪を左の肩にかけている。
マリアンヌが少年に声を掛けようとしたその時、大臣であるセバスチャンが口を開いた。
「彼の名前はアレン。孤児ですが、頭も良く字の読み書きもできます。ちょうど召使いを募集していたので、こちらに勤めてもらうことになりました」
清潔感のある身なりからは、孤児であることなど想像できない。
衣服で着飾っただけではない、まるで貴族のような気品がアレンにはあった。
セバスチャンはアレンを一瞥すると、更に続けた。
「わかっているとは思うが、くれぐれも王女に失礼のないようにな」
セバスチャンの言葉にアレンは無言でいる。
王女の前ということもあり、セバスチャンは、アレンが顔を上げられないでいるとは容易に想像できた。
「では、あとはよろしく頼んだぞ」
そう言うと、セバスチャンはマリアンヌに小さく一礼し、部屋を後にした。
セバスチャンが退室したのを確認すると、マリアンヌは小さく口を開く。
「ア、アレン……?」
マリアンヌの呼び掛けに、アレンはそっと顔を上げた。
「久しぶりだね。マリアンヌ。キミに会いに来たよ」
アレンの瑠璃色の瞳は、優しくマリアンヌを見つている。
アレンの言葉にマリアンヌの瞳からは大粒の涙が零れた。
「やっぱりアレンなのね! 会いたかった!」
マリアンヌはアレンに飛びついた。
アレンの右手にあったブリオッシュは、銀の皿ごと床に落ち、派手に音を上げる。
「僕も会いたかったよ。マリアンヌ」
アレンはその腕で、強くマリアンヌを抱きしめた。
マリアンヌの瞳からは、とめどなく涙が零れる。
「アレン、ゴメンね。ゴメンね。私のせいで……」
「マリアンヌのせいなんかじゃない。こうして会うことができたじゃないか」
二人は、気の済むまで抱き合った。
最初のコメントを投稿しよう!