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クローバー畑
王宮を囲む城壁、正面に据えられた門には石造りの彫刻が民衆を威圧するように見下ろしている。
「ーーそれがこの国、黄色の国の方針です。諦めてください」
アレンの表情は冷たい。
「なんでだよ! 俺たちが汗水流して働いても、全部税金で持ってかれちまう!」
赤い髪の農夫は、涙ながらに訴えている。
「お気持ちは察します。しかし、どうにもならないこともあるのです。どうぞ、お引き取りください」
「お前なんかじゃ話にならねえ! 王女に会わせてくれ! 王宮の中にいるんだろ? どいてくれ!」
そう言うと、男はアレンを押し退けて王宮を囲む高い塀に設置された門をこじ開けようとした。
「憲兵っ」
アレンは堪らずに門前の憲兵に助けを求める。
一部始終を見ていた二人の憲兵は男に駆け寄り、男を取り押さえた。
「くそっ! 離せ! 王女にこの国の現状をわからせるんだ!」
赤い髪の男は憲兵に動きを封じられ地面にうつ伏せになりながらも、叫び続けた。
ふと、アレンが辺りを見回すと、いつの間にか民衆の注目を浴びていることに気づく。
「王女には、僕からお伝えします。だから、今日はお引き取りください」
アレンは、憲兵に目で合図する。
アレンの意図を察した憲兵は、赤い髪の男の拘束を解いた。
「お前たちはいつもそうじゃないか! 当てにならん!」
どこからか、叫び声がする。
その言葉をきっかけに周りにいたギャラリーは次々と不満を叫んだ。
「国王が死んでから、この国はおかしい!」
「俺たち国民は、お前たちの奴隷じゃないんだ!」
「王女を出せ!」
「俺たちは、今日食うものにも困ってんだぞ!」
アレンは黙って聞いているが、民衆の不満は収まりそうになかった。
アレンは憲兵にその場を任せると、門を開き王宮へと向かった。
広い中庭には、歴代の国王を象ったブロンズ像が所々に設置されている。
その中でも比較的新しいアザール王の横を通りアレンは王宮へと入った。
王宮の天井は高く、その天井には神話の神々が描かれている。
アレンは玉座のある広間へと続く傾斜の緩い階段を登り、マリアンヌの元に辿り着いた。
玉座に深々と座るマリアンヌの横には、セバスチャンがいる。
「マリアンヌ様、今しがた民衆の声を聞いてまいりました」
アレンは玉座の前で片膝をついた。
「そう。それで?」
朱銀の髪を指先に巻きつけながら、興味なさそうに返事をするマリアンヌ。
「度重なる増税に国民は苦しんでいます。我々の生活費を見直してみてはいかがでしょうか。国民に重税を科せば、不満も積もります。しかし、我々も節制しているのだと知れば、民衆も矛をおさめるでしょう」
「おい、アレン! 貴様召使いごときが国政に口出ししようとは! 身分をわきまえなさい!」
天井の高い広間にセバスチャンの声が響く。
「いいのよ。セバスチャン」
「はっ」
セバスチャンは、苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
「ねぇ、アレン。この黄色の国は、誰のもの?」
「それは……マリアンヌ様です」
「国民は、私の所有物なの。どうしようと、私の勝手だわ。税金は下げない。国民はきっと、怠け者なのね」
「しかし、マリアンヌ様! このままではいずれ……」
「それよりアレン。私、外の空気が吸いたくなったわ。お庭を散歩しましょう」
そう言うと、マリアンヌは玉座から立ち上がった。
「セバスチャンは、自分の仕事に戻っていいわよ」
セバスチャンに一言告げると、マリアンヌは階段を下りて、王宮の外へと向かった。
「マリアンヌ様っ!」
アレンも、慌ててその後を追う。
王宮の外では、すでに憲兵が民衆を宥めたらしく、いつも通りの光景が広がっていた。
「活気がないですね。マリアンヌ様」
中庭から町を眺め、アレンが呟いた。
「アレン、二人きりの時は、敬語禁止でしょ! セバスチャンもいなんだから。私たちは双子なのよ」
マリアンヌは、アレンの方に向き直ると、プクッと頬を膨らませた。
「あっ、そうだったね。ごめん、マリアンヌ」
アレンは頭をかきながら、はにかんだ。
「そうだ。東の塔のそばまでいかない? 私たちの思い出の場所」
「東の塔? 別にいいけど……わっ!」
マリアンヌはアレンの返事を待つ間もなく、アレンの手を取り走りだした。
歴代の国王のブロンズ像の間を抜けるように二人は走った。
「昔もよくこうやって走ったね」
長い髪を靡かせながら、笑顔を見せるマリアンヌ。
「そうだね。懐かしい」
アレンも、昔のことを思い出していた。
マリアンヌは小さい頃、王宮を抜け出してはアレンに会いに来た。
またこうして実の姉と同じ時を過ごしているのかと思うと、感慨深い。
アレンはこの瞬間のために生きてきたのだった。
「アレンが昔作ってくれた草冠、私も作れるようになったんだよ」
中庭を少し走ると、マリアンヌは立ち止まった。
気がつくと、東の塔が目と鼻の先にある。
昔を思い出しているうちに目的の場所に到着していたのだ。
マリアンヌは、長いドレスのスカート膨らませるようにその場に座り込んだ。
アレンも気にせず座り込む。
二人がいるその場所は、クローバー畑だった。
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