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幼少期 出会い
「セバスチャン。お庭で遊びたい! お勉強あきたー! 」
マリアンヌは椅子の背もたれに寄りかかると、足を交互にプラプラと降っている。
「マリアンヌ様。そんなことでは、アザール王に叱られますよ」
大臣であるセバスチャンは、呆れた表情を見せた。
「だってー、この国の歴史なんか勉強しても面白くないんだよー」
マリアンヌは、プクッと頬を膨らませた。
「マリアンヌ様がいずれアザール王に変わりこの国を治める時に役にたつのですよ。国の過去を学ばずして、国を正しき未来に導くことはできないのです」
セバスチャンの瞳は、厳しくも優しい。
「難しくて、わかんないもん」
マリアンヌは拗ねたようにそっぽを向くと、窓の外に視線を移した。
窓の外では、テラスに黄色い小鳥が二羽、チュンチュンと可愛らしい声を出して遊んでいる。
マリアンヌは、その小鳥を目で追っている。
「確かに、まだ七つのマリアンヌ様には難しかったようですね」
セバスチャンは小さくため息を吐くと、手に持っていた教材をパタリと閉じた。
「わっ! お庭で遊んでいいの?」
マリアンヌは、セバスチャンの顔を下から覗き込むように聞いた。
「はい。かまいませんよ。ただし、東の塔へはーー」
「近づいちゃいけない!」
マリアンヌは元気良く手を挙げた。
セバスチャンは優しく微笑んだ。
セバスチャンの許可が出たとなれば、こうしてはいられない。
マリアンヌはお気に入りにしている花柄の水筒を準備し、オヤツまでとっておこうと決めていたブリオッシュを紙に包み、小さなバスケットに入れた。
マリアンヌは王宮の西側にある給仕用の出入り口へと向かった。
王宮の正面から出ては、憲兵などに見つかってしまう。
セバスチャンから外出許可をもらっているとはいえ、余分な手間は省きたかった。
「よし。誰もいない」
昼食の片付けが既に済んでいるとみえて、給仕の人間は休憩に入っているようだった。
マリアンヌは西口から庭に出ると、自由に歩き回った。
王宮を囲む箱庭ということもあり、一般の人間や危険な動物などはいない。
迷子になるような大きな植物もなく、庭は実に綺麗に管理されていた。
「裏は暗くて怖いから、こっちだね」
マリアンヌは、西口から王宮の正面へと進んだ。
「マリアンヌ様、ごきげんよう」
庭師の男が、マリアンヌに気づき声をかけてきた。
「ごきげんよう」
マリアンヌも笑顔で返す。
正面の門に近づくにつれて、王宮を囲む高い塀の外からは賑やかな声が聞こえてくる。
マリアンヌは、以前セバスチャンから王宮の前は商業区になっているのだと教わったことを思い出した。
「なんで外の人たちはこんなにも一生懸命にお仕事をしているのかしら」
マリアンヌは正面の門の側まで行くと、不思議そうな表情を浮かべた。
「一日中遊んでいた方が楽しいのに。こういう人たちのことを愚民というのかしら。私が一日中お菓子を食べていられるように働いているのかも」
そんなことを思いながら外界を眺めていると、門のすぐ向こう側に自分と同じくらいの子供を見つけた。
「ねえ。そこのあなた」
思わず声をかけてしまった。
門の前に屈み込んでいる少年と目が合った。
「だれ?」
少年は小さく応えた。
「あなた、なぜそんなに汚ならしい格好をしているの? 服なんてボロボロで、顔なんか煤だらけじゃない」
「きみはだれ?」
少年はマリアンヌに訊ねた。
「私はマリアンヌ。ここに住んでいるのよ」
マリアンヌがそう応えるも、少年の視線は終始マリアンヌのバスケットに向けられていた。
「あなた、お腹が空いているの? お昼にパンは食べたの? 食後にケーキは食べた?」
マリアンヌの問いに少年は首を横に振った。
「これ、食べたいの?」
マリアンヌはバスケットを前に出した。
少年は、うんと小さく頷く。
マリアンヌがバスケットの中からオヤツ用にと持ち出したブリオッシュを一つ出し、門の向こう側の少年に手渡そうとしたその時、王宮の周りを警護する憲兵が気付いた。
「貴様っ! 愚民の分際でマリアンヌ様になんたる無礼を!」
憲兵はそう怒鳴ると、門の前にいた少年を思い切り蹴飛ばした。
鈍い音がし、気が付いた時には、少年はその場に倒れこんでいた。
商業区の人間は、何事もなく商売をしている。
あれだけ大きな声で怒鳴ったのだから、少年が蹴飛ばされたことに気づかないはずがない。
憲兵は地面に蹲る少年に数回蹴りを入れると、門の向こう側からマリアンヌに近づいてきた。
「マリアンヌ様、お怪我はありませんか!」
憲兵は片膝をつきマリアンヌと目線を合わせる。
「大丈夫よ」
おかしなことを言う憲兵だと、マリアンヌは思った。
門を隔てているのに私が怪我をするわけがない。
それなのに憲兵は少年を蹴飛ばした。
「これが身分なの?」
憲兵は何のことかわからず、困惑の表情だ。
「私とあの男の子は、身分が違うの?」
マリアンヌは、更に憲兵に問いかけた。
「勿論でございます。生まれながらに夜空に輝く月と、虫けらほどの差がございます」
憲兵は、幼いマリアンヌにもわかりやすいように例えた。
「そうなのね。私は特別なの」
マリアンヌはそう一言呟くと、その場を離れた。
憲兵は直立し、マリアンヌを見送る。
マリアンヌは、庭の散策を再開することにした。
「あの男の子はどうなるのかしら」
幼いながらにあの少年がこの先どうなるのか予想がついた。
それは、マリアンヌが特別な存在であると知っていたからだ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか自分がクローバー畑に立っていることに気が付いた。
「あら、いけない」
そこは、東の塔の目の前にあるクローバー畑。
父であるアザール王や、セバスチャンに幾度となく立ち入ってはいけないと言われていた場所だった。
マリアンヌは、そのまま王宮に戻ろうか迷っていた。
東の塔へ近づいてはいけないと言われているが、マリアンヌは特別な存在である。
王であるマリアンヌの父は何かあるごとにセバスチャンに意見を求め、セバスチャンも時には苦言を呈している。
そんなセバスチャンでさえ、マリアンヌが強く求めれば必ず折れてくれた。
今回の散歩もそうだった。
マリアンヌが頼めば勉強を中断してまで、セバスチャンは外出を許可してくれた。
マリアンヌは、特別な存在なのだ。
「きっと許してくれるわ。私は特別だもの。セバスチャンよりも身分が高いの。きっと、お父様よりも身分が高いはずだわ」
マリアンヌは、クローバー畑を進んだ。
東の塔は外から見ると実に無機質だった。
王宮のような華やかさはなく、レンガがただ規則的に積まれているだけの建物。
塔というよりは、小屋という印象を受けた。
マリアンヌは恐る恐る東の塔に近づくと、木の扉に耳をくっつけた。
中に人の気配がないか、聞き耳を立てる。
すると、東の塔の裏から人影が現れた。
「だれ?」
その声は、少年だった。
草冠を手にした少年は、塔の影からゆっくりと出てきた。
マリアンヌは、あまりの出来事に絶句する。
マリアンヌの前に現れたのは、マリアンヌに瓜二つの少年だった。
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