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青年期 東の塔
「アレン。覚えてる?」
マリアンヌは、朱銀に光る長い髪を耳に掛けた。
「もちろんさ。ここは僕たちが初めて出会った場所だ。そして、忌まわしい場所」
アレンは東の塔を見上げた。
しばらく使われることのなかった塔は、蔦が絡まり廃墟と化している。
今やこの東の塔には住んでいる者も手入れをするもの者もいない。
「あの頃は楽しかったね。アレン」
そう言うと、マリアンヌは宝石を纏った細い指で器用にクローバーを編みだした。
「あの頃は毎日幸せだった。それは、マリアンヌがいてくれたから」
「私もアレンと遊ぶのが楽しみだったの。毎日午後になるのが楽しみで、セバスチャンの勉強なんかまるで頭に入らなかったわ」
マリアンヌは、もくもくとクローバーを編み上げていく。
「うん。僕はこのつまらない塔でつまらない毎日を送っていた。話し相手といえば世話係のソニアだけだった。食べる物や着る物には困らなかったけど、不自由だった」
マリアンヌは静かにアレンの話を聞いている。
アレンは更に続けた。
「塔の中には色んな物が揃ってたんだ。ソニアが色々と気遣ってくれてね。玩具こそなかったけど、本は山ほどあった。ソニアは、とても熱心に勉強を教えてくれたよ」
昔を語るアレンの表情はもの悲しさを漂わせ、一見落ち着いて話してはいるが言葉の節々が強い。
マリアンヌは、幼い頃のことを思い返す。
王宮に使えていた女中の一人にソニアという人物がいたことを思い出した。
ソニアという女性は物静かだが実に美しく、そして優しい女性だった。
「ソニアは確か……」
マリアンヌの言葉を待たず、アレンが口を開いた。
「死んだよ。殺されたんだ。僕たちの父親にね」
「えっ?」
マリアンヌは更に昔の記憶を開こうと、その扉に手を掛ける。
ソニアという女中が流行病で死んだという噂は、耳にしたことがあった。
しかし、王宮には女中が数多く仕えており、マリアンヌは気にもとめていなかった。
女中が死ねば、また新しい女中を雇うだけだ。
マリアンヌにとってソニアは、ただ、それだけの人間だった。
「殺されたって、あの人はたしか流行病で死んだんじゃ!」
「違うよ。マリアンヌ」
アレンは、優しく微笑んだ。
しかし、瑠璃色の瞳の奥には光がない。
「ねぇ、マリアンヌ。あの頃した約束を覚えているかい?」
「約束? もちろん覚えているわ。だからアレンは戻ってきたんでしょ?」
「そうさ。僕はキミとの約束を果たすために戻ってきた」
アレンは東の塔に唯一立て付けられている木製の扉をゆっくりと開いた。
軋む蝶番の音が、アレンの脳裏に当時の記憶を蘇らせる。
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