私と駅弁

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私の唯一の楽しみは、週一で訪れる。 「今週も、またお会いしましたね。そして、いただきます」 私は瞳を閉じると、膝の上に置いた駅弁に手を合わせた。 「はぁ。毎回のことだけど、この瞬間はいつも緊張するわ」 電車が繋ぎ目を踏む度にガタゴトと音が鳴り、私の鼓動もその音に合わせて加速していく。 そっと瞳を開と、駅弁を包む和紙が目に飛び込んできた。 和紙には、駅弁の名前とご当地の名所がプリントされている。 私はその和紙を丁寧に剥がすと、折り目が付かないようにそっとクリアファイルに挟んだ。 「御開帳!」 駅弁の蓋に手をかけ、勢い良く開いた。 「おおっ」 思わず声を出してしまった。 まず目に飛び込んできたのは、紅生姜が添えられた鯖の味噌煮。 ますは、メインのそれから頂くことにしよう。 私は鯖の味噌煮を一口大に箸で割ると、艶めくご飯にワンバウンドさせた後に口に含んだ。 「もぐっ」 唇、舌と、順序を経て、冷めた鯖の冷たさが伝わる。 鼻から抜ける上品な味噌の香りがたまらない。 私は、香りを楽しみながら、数回噛んでみる。 「んー。幸せ」 噛む度に口の中に広がる食感と香り。 パサパサとした感触はなく程よくウエットで、冷めてもなお香り漂う鯖の味噌煮。 まさに匠の業。 口の中に鯖の味を残したまま、私はご飯を一口頬張った。 「これは……ご当地のコシヒカリね。見事に粒が立ってる」 ご飯には胡麻などが振ってあるわけでもなく、ふりかけも乗っていない。 しかし、その存在感はやはり主食と言ったところか。 噛む度に米本来の甘味が出てきて、口の中で鯖とフュージョンしたそれは、至福の時を演出してくれる。 「素材の味が活きているわ!」 私は、あと二口ほど鯖を頬張ると、横にちょこんと置かれた紅生姜を前歯で小さく噛んだ。 舌先で感じるピリッとした刺激。 その後に甘しょっぱい味が、味噌で支配された口の中をリセットしてくれる。 私は、以前駅の売店で購入したお茶に手を伸ばした。 「やはり、お弁当にはお茶よね」 お茶のペットボトルに口を付けると、コクコクと咽を鳴らす。 「こっ、これは!」 絶妙に塩気の残る口の中、それが普通のお茶の味を何倍にも増幅させている。 塩分を取り入れた私の体が、水分を、お茶を欲している。 咽を鳴らす度に鼻から抜ける渋み。 脳裏に茶摘みの風景が広がった。 「まさか、お茶がこれほど美味しいなんて」 お茶の旨味まで増してしまうほどに洗練された鯖の味噌煮。 サブを殺さない主役。 私は、感動を禁じ得ない。 カタコトと線路から発する心地良い音を聞きながら、再び駅弁に視線を戻す。 「さて、次はどれにしようかな」 私が次に標的として決めたのは、お弁当の隅に小さく区切られたポテトサラダだ。 箸先でポテトサラダを小さく摘むと、上品に口へ運んだ。 紅生姜とお茶でリセットされた口の中にポテトサラダの甘味が広がる。 噛む度に小さく切られた人参と胡瓜が、それぞれ異なった歯応えを生み出した。 ポテトと人参の甘味。 そして、胡瓜のシャキシャキとした歯応えは、噛んでいて飽きることがない。 塩胡椒とマヨネーズだけで味付けされているとは思えないほどに色々な味を感じられた。 「こういうサブにも気を抜かないところが、素敵よね」 ポテトサラダを平らげると、再び鯖の味噌煮を頬張る。 そして、次に目を付けたのは、イカリング。 箸でイカリングを摘むと、サクッと鳴った。 「はむ」 イカリングを豪快に頬張る。 新鮮なイカは弾力がありながらも、歯で簡単に切ることができた。 「ソースをかけなくても美味しいわね」 噛む度に耳の奥でサクサクという音が鳴っている。 煮物に揚げ物にサラダ。 バランスの良い抜群の組み合わせ。 そんなことを思いながら、淡白な味のイカリングを味わう。 そして、ご飯を一口食べると、一旦お箸を置き、以前駅の売店で購入したお茶を飲んだ。 ふぅと、一息つく。 「そうだ。今、どこら辺を走っているのかしら」 せっかくの旅行気分。 駅弁ばかりに熱中しては、旅もつまらない。 私は、居間に置かれたテレビに目をやった。 テレビでは、インドネシアのよくわからない景色が広がっている。 そう。 これが、友達のいない私の唯一の楽しみ。 週一で放送される大好きなテレビ番組【世界の車窓から】を観ながら地元の駅弁を食べて、旅行気分に浸ること。 「ここの国の駅は、殆どが無人駅なのね」
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