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第二話 落札者との本当の関係
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「こちらです。お足元にお気を付けを」
ルカは老齢な黒服の男――落札者の執事だときいた――に連れられ、大きな屋敷――といっても大企業のビルのようだ――の目の前で護送車から降ろされた。
会場を出てからこっち、貴重な珍種のガンマであるルカを狙う者がいないようボディーガードが四人もつきながら護送されてきたが、どうやら建物から二百メートル近く離れた門をくぐってからは全く追跡者がいないようだ。
「ルカさま、何か?」
「え、あ……いえ」
「ご安心ください。危ないヤカラは、我々が責任を持って追い払いますゆえ」
「そ、そうですか……」
ルカは、自身が連れてこられた屋敷の大きさと、思ったよりも丁寧に扱われている気味の悪さに居心地が悪くなり、スーツの裾をギュッと握った。手汗がじわりと浮かび、緊張していることがわかる。
(もうすぐ……オレを買った人間と会うことになるのか)
オークションはオンラインでも参加が可能だったようで、結局ルカは一度も落札者の顔を見ることなく、迎えにきたこの老齢な執事に言われるがままついてきた。どんな酷い人間に買われたのかと恐怖にわなないていたが、柔らかい笑顔の執事に「こちらにお着替えください」と提供されたスーツがあまりに高級だったことには心底驚いた。見ると、イギリスの有名ブランドのタグがついており、『着飾った性奴隷が趣味の男なのだろうか?』と不思議に思っていた。
「こちらで座ってお待ちください。今、旦那さまをお呼びいたします」
「あ、はい……」
丁寧におじぎをし、執事は一旦応接室を出ていった。
ルカは指示通り、ふかふかなソファに腰かけ、通された応接室をきょろきょろと見まわした。
(広い部屋だな、オレが住んでた部屋がすっぽり入りそう。天井も高いし……外から見たらビルみたいだったけど、ここは二階? 机、綺麗なガラスだな。あ、クッションすごく柔らけぇ)
ペルシャ絨毯に落ちた陽の光に導かれ、大きなガラス張りの窓に切り取られた空を見上げる。自分が売り払われたとは思えぬほど、美しい快晴に心がチクリとした。
「入るぞ」
ノックもなく低い声がかけられ、白く塗られた木目調の扉が開く。驚いて、ルカはソファから飛び上がり、背筋を伸ばした。
「迎えに行けず悪かった。仕事が立て込んでいてな」
「い、いいえ……あの」
「そう緊張するな。これからここが、君の家だ」
座るよう仕草で促され、ルカはもう一度ソファに浅く腰掛ける。
三つ揃いの高級スーツに身を包んだ男が、ジャケットを脱いでソファの背にかけルカの目の前に着席する。オールバックになでつけた髪から、わずかにコロンが香るようだ。
「ルカ、といったね。本名かい」
「はい……本名で、ルカといいます」
「そうか。私は鷹司譲治だ」
「タカツカサさん……」
「あぁ。……ジョージでいい」
主人になる者のはずだ。性奴隷として扱われるはずだ。そう思い込んでいたルカは、当たり前に人間扱いされていることに動揺し、目を泳がせた。
「そう、かたくなるな。いいんだ、これから同じ苗字になる。ジョージと呼べばいい」
「……そ、そうですか」
「あぁ」
ジョージは、手元に抱えていた資料をガラス製の洒落たテーブルに広げはじめた。英語……だろうか、アルファベットのような、それ以外のような文字の羅列に、ルカには到底中身を読めそうになかった。
(もしかしてコレが、何かの恐ろしい契約書だったり……?)
性奴隷になることへの承諾書類だとしたら……ルカが眉をひそめるのをジョージは見逃さなかった。
「ルカは何歳だ」
「……十八……と言えと…………」
「本当は?」
「ハタチです」
「そうか、ルカ。私は、キミをただの商品として買い取ったわけではない。この書類は、それを証明するために持ってきたんだが……すまない、日本語訳をしている時間が惜しかったんだ」
バラバラと並べられた書類の中から、まずは英語らしき一枚の書類を手に取り、目の前に見せてくれた。
「ルカは、日本語以外の言語に造詣は?」
「あ……すみません、いいえ」
「そうか、いいんだ。これから勉強はしてもらうが、今はそれで。これがアルファベットだということはわかるか」
「はい、それは何となく」
「この書類は、私がアルファ型寄生虫の適応者であることを示した検査結果だ。これはフランスの研究所のものだが、結果が間違いの可能性もあるから、もちろん他の欧州各国やアメリカなど、あらゆる研究所で検査を行った。その結果もここにある」
「アルファ型寄生虫……」
ルカはフランス語だと言われた書類を手に取り、まじまじと見つめた。もちろん内容はさっぱり分からない。
「そうだ。アルファ型寄生虫。ルカはまだ若いが、アルファとベータの関係性について、どれくらい知識があるんだ?」
「……ベータが、アルファが作った寄生虫を取り込むと、身体が両性具有に……ガンマに作り替わるってことはなんとなく……あと、ガンマは、寄生虫奴隷症になるから、アルファの言うことを何でもきくってことくらいしか……」
おぞましい”儀式”のことは口にはできなかった。自分の股の間にできた未知の器官のことを思い出し、太ももに力が入る。
「そうか。大枠はあっているが、厳密にはもっと色々あるんだ。その一つが『アルファにも寄生虫の適正がある』ことだな」
ジョージは、そういいながら、ソファの背にかけていたジャケットの内ポケットから万年筆を取り出し、手元の真っ白な紙に走り書きをはじめる。どうやら、ルカに分かりやすいよう、図解をしてくれるようだ。
(優しい人なのか……? いや、でもオレを買ったくらいだし、分からない……油断しないようにしないと)
ルカは益々緊張しながら、ジョージの手元を覗き込んだ。
「あまり知られていないことかもしれないが、アルファにもベータと同じように寄生虫適正がある。ガンマから生まれるのが8割アルファであることから、アルファは50年ほど前より珍しくなくなっているんだ。今は適正ベータの方が少ないだろうな。その中で、寄生虫適正があるアルファもベータも、各国のガンマ研究所がより分ける。アルファは総じて優秀なことが多いが、そのDNAが今後の世界に必要だと判断したら、保存することもあるそうだ。いつか世界が滅ぶほど人間が減ってしまったら、受胎、出産率が1割未満になってしまった女性という性よりも、ほぼ100%出産ができるガンマ性を量産したほうが人口コントロールしやすいというのが、世界政府の見解だ」
ジョージはスラスラと、まるで何百回も説明してきたことのように図を書きながらルカに対して丁寧に言葉を紡ぐ。
「ベータのルカの所には、検査の結果、金を受け取って寄生虫ホストになるかどうかを判断させる書類が届いただろう?」
「あ、はい、そうですね……」
(本当は断ろうとしてた、あの書類だ……サインする前に、こんなことになっちゃったけど)
「アルファも同じだ。ホストに自身のDNAが入ったアルファ型寄生虫を作り、ベータに寄生させるか、判断する書類が送られてくる。……見てくれ、これがオレのサインだ。Noに該当する箇所に丸をつけてある」
「え……それって」
「そうだ。私は断ったのに、私のDNA型の寄生虫が何故か世に出回った。それを摂取させられたのが――キミだよ、ルカ」
ジョージはゆっくりと万年筆から目を離し、ルカの瞳まで視線を上げた。ルカの美しいダークブロンドの髪と、ブルーアイズを行ったり来たりしながら、ジョージは最後、もう一度ルカの瞳を見つめた。
「アルファは、自身の遺伝子を取り込んだベーターーガンマーーを守るためにその特有の匂いを感じ取ることができる。扉を開けた瞬間、間違いないと確信した」
こんなことなら、三カ月前に貰った書類にきちんと目を通しておけばよかった。ルカは混乱した脳をフル回転させて言った。
「つまりオレは、ジョージさんのガンマ……?」
「そうだ。ルカ、キミは私専用の奴隷というわけだ」
続
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