第三話 アルファ型寄生虫奴隷症

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第三話 アルファ型寄生虫奴隷症

3. 96431a13-935a-437e-9b38-e0521a3e5d48  ルカはキングサイズのベッドの上で目を覚ました。ふかふかのマットレスと、あたたかい布団。心なしか花の匂いすら香る広々としたベッドルームの高い天井近くまである窓からの木漏れ陽を頼りに、カーテンを開ける。 (もう朝か……いや、早く起き過ぎたかな)  部屋に備え付けられたデジタル時計は、執事のセバスチャン――なぜ執事といえばこの名前なのだろう――が迎えに来るまでまだ一時間もあると告げている。  ルカは、目をこすると、昨日用意された洋服に着替えることにする。部屋にはいくつか扉があり、ひとつがトイレ、ひとつがバスルーム。もうひとつはウォークインクローゼットらしいが、まだ服は何も入っておらず、昨日唯一準備されていた今朝用の洋服に着替えた。 (まさか、採寸までされるとは……)  ジョージとルカの関係性を十分説明された後、扉がノックされた。ルカは、執事と共に入室してきた仕立て屋(テイラー)に、体の隅々を採寸されることとなった。 (スーツは少しダボついていたけど、ほとんどぴったりだったのに……わざわざ仕立てるとは、さすがお金持ち……)  背筋をピンと伸ばした上品な仕立て屋(テイラー)には、『我々は代々鷹司家に仕える一族で、ルカの服を任せて貰えたのも光栄の極みだ』と説明を受けた。白髪片眼鏡の老紳士だった。片眼鏡を見るのが初めてだったルカが興味深くジッと見つめると、『今や技術の進歩で近眼も老眼もありませんからね。この眼鏡はもちろん伊達ですよ』と言った。 (いい人ばかりで気が抜けちゃうな)  その後執事長のセバスチャンをはじめ、メイドの幾人かを紹介されたが、どの人も優しく穏やかに笑いかけてくれた。屋敷を案内してくれるがてら、彼らとすぐに打ち解けたルカは、この部屋の唯一の住人であるジョージのことを様々質問した。 『ジョージさまは、ルカさまがいらっしゃるのを心待ちにしておいででしたよ』  メイドの中でも一番ルカに近い二十二歳のエマの言葉を思い出し、ルカは複雑な気持ちでため息をつく。 (ジョージさん専用の奴隷だと説明は受けたけど、何も契約書類はかわされなかったし……昨夜は来たばかりだったからだけど、今夜から同じベッドに……? 嫌だ……でも、もうこんな身体になっちゃったし、命令されたら、従わざるをえないんだよな)  ルカは、下腹部に出現したであろう新しい臓器があるあたりをギュッとおさえた。まだ、ここに、女性機能がある内臓ができた想像がつかない。それでもきっと、それは事実だろう。  アルファ型寄生虫奴隷症、俗称、奴隷症――身体に植え付けられた寄生虫に入れられたDNAの主であるアルファの命令に奴隷のように従ってしまう症状――。  これがあるから、アルファ型寄生虫が運用されはじめてから百年近く、世界政府はアルファとベータの宿主(ホスト)同士を近づけぬよう画策してきた。そうでなければ、ガンマ体の人権が保たれないからだ。そういった保証も必要であるから、基本的にガンマは保護対象で、受胎の承諾サインさえすれば、特区に匿われることになっていた。そうやって、徹底した受胎出産管理によって、世界政府は地球上の人口を調整しているのだ。  ルカは、昨日のジョージの声を思い出す。きっと自分も、彼の命令に従いたくなってしまう。それは、昨日の経験でよくわかっていた。 『ルカ。私はただの奴隷に一億二千万ドルを払ったわけではないよ。キミには私が要求するあらゆることに応えてもらうつもりだ。いいかい、”あらゆること”だよ。私と食事をするためには世界中のマナーをマスターしなければならないし、私との会話についてこれるよう世界情勢や歴史、ビジネスの常識も勉強しなければならない。さらには英語から仏語、中国語はもちろん各国の日常会話を使いこなせるようになってもらう。キミはこれから私の元で、あらゆる意味で”私好みの人間”に育ってもらうよ。いいね』  優しい声音とは裏腹に、鋭い眼光を受けゾクリとした。脚を組み、ゆったりと一人掛けのソファに腰かけ、汲んだ指をゆっくりと左右に動かす仕草に、クラりとした。  元来ルカは、異性愛者である。ただ、極端に減った女性人口に影響されずっと男子校通いだったため、女性との交際経験は無かった。同級生は貴重な女子高との合コンに精を出していたが、ルカは両親が早くに他界し一人暮らしをしながら学費を支払うためバイトに明け暮れていた。そんな状況からしたら、アルファ型寄生虫宿主(ホスト)の知らせを受けるのは光栄かつ有難いことであるはずだったのだが、どうしても男性との性交渉の想像がつかず、承諾できずにいた矢先、あの犯罪集団につかまってしまったのであった。 (たしかに、売春宿での”儀式”の最中も、アルファに従いたいなんて思えなかったのに、ジョージさんの声には身体が反応しちゃったもんな……いや、あまり考え込むのはやめよう……顔を洗って身支度をして……今日から教師がつくって言ってたし)  勉強は得意な方ではなかったが、あれだけの大金を支払って自分を迎え入れてくれた主人の要求はのまねばなるまい。  それに、身体が”要求に従う”ようにできているのだ。できる限りのことをやって、使い物にならなければ捨てられるだろうが、それでいい。はじめ想像していたように、性奴隷を二十四時間させられるよりずっといい。  大理石の洗面台で顔を洗い、柔らかくラベンダーの香りがするフェイスタオルで顔を拭きながら、目の前にかけられたルカの顔の二十倍はあるであろう大きな鏡を見上げた。 (自分の身は自分で守らないと……性奴隷になるのだけはごめんだ)  決意を胸にルカは頭を左右に振る。  セバスチャンがノックをする音がする。ルカはそれに、元気よく返事をした。 続
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