「おやすみ」から醒めない

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3  あれは私が小学一年生の頃だった。あの時がだったんだ。両親は優しいし、友達も仲良くしてくれるし、近所の犬のペロも可愛かったし、近所の人も、担任の先生も、行き慣れた公園も商店街も全てが正常だったんだ。  私は小学生になってすぐに「あっちゃん」って女の子と親友になった。私の隣の席で、おかっぱ頭の可愛い子だった。そして、その子はお話が上手くてね。時々、休み時間に色々なお話を聞かせてくれた。取り留めのない内容の話だったけど、どこか面白くて、彼女がお話を聞かせてくれる時は私だけじゃなくクラス中の女子が彼女の机の周りに集まっていた。お話の内容? それについては、後で話すね。  そんな感じだったから、あっちゃんはクラスの人気者だった。だけど、あっちゃんには一つだけハンディキャップがあったんだ。彼女は時々、酷い頭痛に悩まされていたの。算数の授業を受けている時、体育の時、給食の時、一緒に遊んでいる時。色々な場面で彼女は「頭が痛い」って言って、その場に(うずくま)ることが多かった。三十分もすれば治っちゃうから、そんなに深刻な症状じゃなかったんだろうけど。そして、今、思い返してみれば、だった。  ある日、彼女から遊びに誘われた。 「ねぇ、桜華ちゃん。今日、いつもの公園で一緒に遊ぼう」  私は躊躇いなく「うん」と答えた。この時は知らなかったけど、実はこの日の午後は大きな夕立になる予報が出ていた。一旦、家に帰ってからであれば、お母さんが教えてくれたんだろうけど、この時の私は学校からそのまま寄り道するのが癖になっていた。あっちゃんの家も私の家と同じ方向だから、あっちゃんと一緒に公園や駄菓子屋に寄り道するのが日課になっていたんだ。  五時間目の授業と帰りの会が終わり、私とあっちゃんは走って公園に向かった。学校と家の途中にある小さな児童公園で、遊具はブランコと滑り台のみ。特に広くもないから鬼ごっこやかくれんぼも出来ないし、日が当たらない場所で薄気味悪いから、外遊びが目当ての子もゲームの通信対戦で集まる子も此処には近寄らなかった。私とあっちゃんがお喋りするだけの場所。そんな秘密の場がこの公園だった。  案の定、私達が公園に着いた時には、まだ誰も居なかった。その空間は私達の貸し切りの様に思えた。あっちゃんはブランコの方に駆けて行き、左側のブランコに座った。 「あ、待ってよ!」  私も慌てて駆けだし、右側のブランコに座る。此処であっちゃんとお喋りをするのが楽しみだった。 「今日もお話、聞かせて!」  せがむ私に、あっちゃんはニコニコ笑いながら面白い話を聞かせてくれた。彼女の話は自分の夢の話が多かった。時には怪談のような怖い話だったり、ある時はメルヘンチックなファンタジーだったり、彼女が話す内容は文字通り「夢物語」だったんだ。学校の休み時間でもお話はしてくれるが、その時は私だけでなく他のクラスメイトも居る。でも、今、この空間は私とあっちゃんの二人きりだ。皆が欲しい物を独り占めしているような気分になって、凄く嬉しかった。  あっちゃんの話を三十分くらい聞いた時だっただろうか。空が曇り気味になっている事に気付いた。辺りも段々と暗くなってきている。私は何だか心細くなった。 「ねぇ、そろそろ帰ろうか」  おびえたような声を出す私とは対照的に、彼女は朗らかな笑顔のままだった。 「そんな事、言わないで。まだ、いいじゃん。今日は桜華ちゃんに特別なお話を聞かせてあげようかと思ったのに」  帰りたい気持ちはあった。だが、彼女の「特別なお話」というのも、とてつもなく魅力的に感じた。少し悩み、私は彼女に言った。 「分かった。じゃあ、そのお話だけ聞いたら帰るからね」 「勿論」  何故か、その時の彼女の笑顔は薄気味悪く感じた。 「幼稚園にね。お話の凄く上手い子が居たの。その子は『すーちゃん』って呼ばれてた。その子はね、ちょっとおかしかったの。人の顔が大きく見えたり、自分が小さくなったように感じたり、道や家がとても広く見えたりね。幼稚園の先生の顔を見て、『あの先生は鬼だ! ほら見て! 牙もあるし、角も生えて凄く怖い顔をしてる! きっと、私達を食べようとしてるんだ!』って言って大泣きしたことがあったんだ。でも、他の誰が見ても、先生は普通の人間の顔だった。私はその先生の事が好きだったから、先生に酷い事を言うすーちゃんが許せなかった。『すーちゃんの嘘つき! 先生に酷い事言わないで!』ってね。  そしたら、次の日、すーちゃんに呼び出されたの。幼稚園の裏庭で。『何?』って聞いたら、すーちゃんは『私の目を三秒見つめて』って言ってきた。私は早く終わらせたかったから、すーちゃんの目を三秒見つめたの。そしたら、『もうお終いだから行っていいよ』って言われたの。  その晩、私は高い熱を出した。そして、寝ている時に怖い夢を見た。どんな内容かは忘れちゃったけど、凄く怖い夢を見たの。幼稚園を二日休んで、三日目の朝、ようやくベッドから起きられた。そこから、私の世界は変わったの。ママが怖い鬼に見えた。パパが大きな巨人に見えた。幼稚園の大好きだった先生が牙を剥き出しにした狼男に見えた。私の家や近所の風景が斜めになったり、曲がったりして、私の住んでた場所じゃ無くなったの。  その時、気付いたの。あぁ、すーちゃんが見ていた世界はコレだったんだなぁって。そして、私は今でもその世界を見ているの」  あっちゃんはそこで言葉を切った。そして、じっと。私は何秒、彼女の目を見ていたのだろう……。  突然、白い光が目に飛び込んできた。遅れて、ドォン!という大きな音が耳に響く。近くで雷が落ちたのだ。  そして、ポツポツと私の頭や肩に水滴が落ちてきていることに気が付いた。しばらくして、シャワーの様な勢いで雨が私達に降り注ぐ。 「ふふふ……ふふふ……」  何が可笑しいのか、あっちゃんは肩を揺らして笑っている。不気味な表情を浮かべている。  怖くなった私は急いで家へ逃げ帰った。  
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