「おやすみ」から醒めない

4/5
前へ
/5ページ
次へ
4  その日、私は熱が出た。ズキズキと頭をきつく縛られるような痛み。今までに無い程、高い度数だった。 「長い間、雨の中に居たからよ」  母からはそう怒られた。父は「ゆっくり休むんだぞ。酷くなったら、病院へ連れて行こう」と言った。私は大人しく、自分の部屋のベッドへ入り、目を閉じた。  気付くと、朝だった。熱はすっかり下がっていた。私は大喜びでベッドから抜け出し、両親の所へ向かった。この時間ならリビングに居る筈だ。部屋の扉を開け、廊下へ出る。  廊下は異常な程に曲がりくねっていた。まるで、遊園地の迷路のようだった。私は大声で両親に助けを求めた。何が起こっているのか分からなかった。 「何? 大きな声を出して。どうしたの?」  母の声が迷路の目の前の道の先から聞こえてきた。そして、二人分の足音。 (良かった。パパとママが来てくれる!)  ホッと安堵した時だった。    ――目の前に立った人物の姿を見て、私は悲鳴を上げた。 「ちょっと、どうしたのよ?」 「何だ? どうしたんだ?」  父と母の声を出しているが、彼らが両親で無いことは分かる。何故なら、二人はからだ。毛むくじゃらの体毛、体は人間よりも一回り大きく、顔も膨れ上がっており、目は爛々と輝いていた。そして、その口からは大きな牙が二本……。まるで狼男だ。 「やだ! 化け物! こっち来ないで!」  私は無我夢中で駆け出した。しばらく走るとドアがあった。私は化け物から逃げる為にドアを開いた。  外に出ると、全てが大きくなっていた。道も、塀も、電柱も、看板も、車も、全てがいつもの倍以上の大きさになっていた。巨人の国に迷いこんだみたいだ。 「あら、こんにちは。どうしたの?」  隣のおばさんの声だった。とても優しい人で普段からお世話になっていた。天の助けだと思い、私は振り返った。  そこに居たのは化け物だった。顔が大きく膨らんでおり風船のようだった。体全体の皮膚の色が緑色で、腕はウナギの様にヌメヌメと光り、綱引きで使う綱の様に長かった。 「その子を捕まえて!」  家の中から母の声が聞こえてきた。しかし、ドアから出てきたのは先程の狼男だった。  私は必死で逃げ出した。そして、学校へ向かった。友達や先生はきっと大丈夫。ちゃんと人間で私の味方をしてくれる。あの化け物たちを追っ払ってくれる……と思っていた。  通学路は先程の家の中よりも複雑に曲がりくねっていた。しかも壁が何処かの城の城壁の様に大きくなっていた。いつも歩いている道じゃなかった。それでも、何処となく普段の面影がある道を進んだ。  学校に着いた。服装はパジャマだが、この際、仕方ない。私のクラス、1年1組の教室へと走った。  まだ時間は始業前の筈なのに、既に何人か教室に居るようだった。私は扉を開けた。  ――宇宙人が居た。  灰色の肌。黒いゴマ粒のような目。薄気味悪い寄生虫の様な細い手足を私に向けてくる。 「おはよう、桜華ちゃん」「おはよう、桜華ちゃん」「おはよう、桜華ちゃん」……。  壊れたスピーカーの様な声が耳に響く。ニタリと不気味な笑みを浮かべ、私に近寄ってくる。私はそいつを突き飛ばし、走って逃げた。何処かへ身を隠そうと考えた。  近くにあった女子トイレ。その中に急いで入り、掃除用具置き場の中に逃げ込む。私は怖くて、その場に蹲った。 (何で、こんな事に……? 何が起こってるの?)  涙が出てきた。何も分からない恐怖。こんな世界に一人残された心細さ。誰か、私の味方に会いたいと心の底から願った。  コンコン  扉がノックされた。私は少しだけ、扉を開く。そこに居たのはあっちゃんだった。私はホッとした。あっちゃんだったら信じられる。  でも、大丈夫だろうか。あっちゃんに化けた化け物じゃなかろうか。 「私だよ。大丈夫だよ。一緒に帰ろう。また、公園で面白いお話、聞かせてあげるよ」  そうだ。あの場所で学校帰りに二人でお話しているのは、二人だけの秘密だった。それを知っている彼女は信用できる。私はドアを思い切り開けた。 「あっちゃん!」  私は彼女に抱き着いた。彼女も私の背中に手を回す。 「怖かったよぉ……」  私はあっちゃんの胸を借り、泣き崩れた。彼女の手が私の肩をポンポンと叩く。そして、彼女は一言、私の耳元で囁いた。 「」  ハッと目を覚ます。気付くとベッドの上だった。体中が汗だくで気持ち悪い。でも、ホッとした。 「なぁんだ。夢だったんだ、アレ」  怖かったけど、落ち着いてみれば当たり前だ。人が狼男や宇宙人みたいになったり、通学路が巨大な迷路になるなんて現実的じゃない。私はゆっくりとベッドから起き上がった。 「ちょっと、大丈夫なの? さっき、何か叫んでたけど」  ドアの外で母の声がした。多分、台所からだ。夢の中で叫んでしまったが、その叫び声が実際に口から出たらしい。ちょっと恥ずかしいと感じつつ、私は母に心配かけないように自分から会いに行こうとした。ドアを開く。 (……え?)  私は目の前の景色を見て呆然とした。思考が追い付かなかった。まるで、遊園地の迷路のように。 「どうしたの?」  母の声と同時に人影が近付いて来る。私はその人影に目を向けた。  その人影は狼男の様な姿だった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加