「おやすみ」から醒めない

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1 「おめでとう! また、月白が受賞したぞ! これで今月、三回目だ!」  会長が部室内の部員全員に聞こえるように声を張り上げた。それ程に嬉しいニュースという事なのだろう。  大阪府の吹田市に存在する奨学院大学のメインキャンパス。このエリアの端にある部室棟のさらに端に存在する創作研究会では、その名前の通り、主に「創作」を行っている。メインは小説だが、短歌、俳句、戯曲、論文……等々、言葉を用いたあらゆる作品を生み出すことを目的として、部員は日夜、活動に励んでいる。  俺、黒岩周六(くろいわしゅうろく)もそんな部員の一人。たまに真面目な論文を書くが、推理小説をメインに執筆している。だが、作品を書き上げるペースは月に一作品程度と遅く、クオリティも部誌に投稿できるかどうかで会長の頭を悩ませるレベルだ。  俺と同じ一回生で、かつ同じ推理作家のアイツとは違う。アイツとは、今、会長に名前を呼ばれていた月白桜華(つきしろおうか)の事だ。メインは推理小説だが、現代ファンタジー、SFなども執筆する。部誌には作品が常連で載っており、月に三~五回程度、様々な文学賞に応募し、賞を獲得している。今日も先月に応募した「織田作之助青春賞」で見事、大賞を受賞したらしく、その賞状が届いたらしい。 「君はうちのエースだ! 先輩として鼻が高いよ」  会長から散々に褒められ、立派な賞状を手渡された月白は周囲からの声援に照れくさそうな表情を浮かべた。その表情がまた美しい。艶やかな黒髪のロングヘア―に端正な顔立ち、パッチリとした瞳、ガラスの様に透き通った肌。才能があるだけでなく、見目麗しい容姿まで持っている。俺と違い、彼女は何でも持っていた。それが俺には羨ましかったのだ。 「なぁ、月白。お前さぁ、何であんなに良い作品を書けるんだ?」  次の日、俺は意を決して彼女に訊ねた。大学の食堂で彼女を探し、隣の席に座る。やっていることは明らかなストーカーだし、口調は乱暴に聞こえるかもしれないが、誓ってカツアゲや脅しの類いではない。ただ、純粋に知りたかったのだ。  俺も彼女の作品を何度か読んだことがある。素晴らしい。その一言に尽きる。文章力や描写力が凄まじい。物語の導入部分から引き込まれる。だが、それとは別に彼女の作品の圧倒的な強み。それは、物語の世界観だった。常人では決して思い付けないであろう独特な世界。動物や無生物が当たり前の様に言葉を発し、吸血鬼や狼男などの亜人が京都・大阪の街を当たり前のように闊歩し、物語の中でイベントやハプニングが起きる時は、見慣れている道や建物がこの世の物とは思えない異世界へと変化する。だが、彼女の物語を読む時、まるで「」ような錯覚に陥る。普段の俺に見えていないだけで、彼女の頭の中だけに存在する筈であろう世界が実は確実に存在し、彼女が脳内で紡ぎ出した物語が実はと心の奥底から思い込んでしまう。それ程の恐ろしさが、彼女の描く物語には存在するのだ。  だからこそ、その秘密を知りたい。もっとも、秘密を知った所で俺が真似して成功できるかどうかは分からない。だが、創作に携わる人間として、仮に彼女に独特な世界観を描ける技術やコツがあったとしたら、とてつもなく興味を惹かれるのだ。  だが、隣の席に唐突に座り、唐突にこんな事を言い始める奴が居たら、誰だって引くだろう。月白もドン引きする側の人間だった。呆れた目で俺を眺める。 「いや、いきなり過ぎるでしょ。唐突にそんな事を言われても困るんだけど……」  そう言って、月白はテーブルの上に置かれたコップに手を伸ばそうとした。  ガシャン  彼女の指がコップに当たり、水の入ったコップが盛大な音を立てて倒れた。 「だ、大丈夫か?」  俺は慌てて、近くにあった布巾を手に取り、零れた水を拭く。 「あ、ごめん。ありがと。私も手伝うね」  彼女は慌てた様子で立ち上がった。だが……  バタン!    彼女の体が急に前のめりに倒れた。 「おい! 大丈夫か?」  慌てて彼女に駆け寄る。彼女の額からは大量の汗が滲み出ていた。顔も赤く火照っている。額に手を当てると、思わず手を離したくなる程に熱かった。 「マジかよ……。ひとまず、何処かで休ませないと……」  俺は彼女を背中に抱え、食堂を後にした。  
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