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君はおやすみの天使だ。
どんな嫌な事があった一日でも、寝る前に君に会えれば、君の声を聞ければ、君のその優しい瞳で見つめてくれさえすれば、僕はどんなことでも耐えられる。そんな気持ちになれたんだ。
君は僕のどんな側面も受け入れてくれた。醜い欲望を丸出しにしても、男としての器量の無さを露呈しようとも、少し格好をつけて背伸びした時でも、全て僕という人間を見透かした上で、優しく包み込んでくれた。
君さえいればいい。君が僕を受け止めてくれるから、他には何もいらない。本当にそう思っていたんだ。
でも、少しずつその気持ちにも陰りが見え始めてきた。もしかして、君は他の男にもそうやって優しさを振りまいているのではないか?人間は欲深く、罪深い生き物だ。どれだけ至高を手に入れたつもりでも、時間の経過とともにそれが至高だと思えなくなってしまう。
君が他の男に優しさを振りまくなら、僕も他の女性に慰めを求める。僕が他の女性に救われるその姿を見て、君も僕と同じ気持ちになればいい。そんな歪んだ独占欲を顕示した。愚かにも君を傷つけることで安堵感が得られると思っていたんだ。
ああ、愚かだった昔の僕を許してくれ!!!
今はわかっている。君以上の存在なんて他にはいない。それでも、自分の気持ちの変化を全て君のせいだと責任を押しつけては、僕は自らの移り変わりを正当化する。君が新たな一面を見せてくれた時ですら、嬉しい感情よりも初めて会った時の感動を引き合いに出し、初々しさ、緊張感、演技ではない素の表情などという抽象的で中身のない批評を行い、君から目を逸らし始める。
いつの間にか僕は君に抱いていた特別な感情を忘れてしまった。決して君の存在そのものを忘れたことはなかった。それだけはわかって欲しい。ただそれでも、毎日のようにその姿に胸をときめかせ、おやすみの前に君から快感をもらっていた日々と比較すると、君の姿を追いかける回数は日に日に少なくなっていった。
そんな日々を重ねる間に、僕は大人になっていった。新たな環境の変化、人間関係、そんな肉体的にも精神的にも疲弊しきった僕を癒してくれるのは、君だけだったはずなのに、その時にはもう君はいなくなっていた。
君がいなくなったことに気が付いた時、自分でも驚いてしまう程、僕は冷静であった。
僕には僕の、君には君の人生がある。いつかはこうして別れることは運命だった。そう割り切った僕は、君ではない別の誰かに慰めを求め続けた。
正直に申し上げて、誰と会った時でも君の事を片時も忘れなかった、だなんて殊勝なことを言うつもりは全くない。自分の男としての弱さ、醜さははっきりと認める。もしかしたら君以上の、これは至高を超える至高なのではないか。他に対してそんな感情を抱いたことも少なからずある。
だが、最終的にやはり君と初めて出会った時の感動に勝るものは何一つとしてなかった。
その時に初めて気が付いたんだ。僕はとんでもない愚かな過ちを犯していたことに。自分の都合ばかり考えて、君に対しては礼の一つすらしていなかった。
もし時を戻せるのなら、もう君を放したりはしないのに・・・!
僕は君がいた場所を訪ねては、何もなくなったその空間に虚しい誓いを立てた。それが無意味なことだとわかっていても、やらずにはいられなかった。
後悔先に立たず。君を失った悲しみはもう何を持ってしても癒すことは叶わない。ただこの気持ち、君を求める純粋な気持ちだけは、例えもう二度と君に会えないとしても、どうか届いて欲しい。
そんな身勝手な期待を胸に抱え続けていた僕に、この奇跡は起こったんだ。
「まじかよ・・・まさかこんな所でお目にかかれるとは。」
数年前、突如として姿を消した伝説のAV女優、有栖カノン。その消息については未だに知る者はいない、とされている。
きっと彼女は色々な大人の事情もあって業界から足を洗ったのだろうし、どこかで平和で幸せな生活を送ってくれていればいいのだが、僕たち有識者がこの騒動の中で最も驚かされたことは、有栖カノンの失踪に伴って有栖カノン出演作品がネットにアップロードされた物、円盤として販売された物全てが取引停止になったことである。ここにも大人の事情が関わっているのだろうが、18歳以上の全ての日本男児はアダルトの世界から有栖カノンというスターを失ったことに悲しみを覚えたことだろう。まさに、有栖ロス、である。
まあぶっちゃけた話をすると、有栖カノンのような超一流女優が出演する作品というのは、インターネットを探せば違法にアップロードされた物が湯水のように出てくる。特に伝説と呼ばれている彼女の処女作は、その知名度と人気故にただ乗りし放題となってしまっているのが現状だ。
しかし、僕はそれに満足出来ていなかった。もちろん違法ではなく合法的に視聴をして、作り手にお金を落としたいという気持ちがあるのだが、それ以外に僕が見たい彼女の作品は、処女作から少し時間が経過した後に撮影された、所謂素人モノと呼ばれる作品なのだ。
企画モノやハードな作品にも精力的に出演をしていた彼女が、僕の知る限りでは唯一の素人モノ出演作品であり、そこには設定だのなんだのというしがらみがなく、ただ純粋な彼女を見ることが出来ると個人的にはかなりお気に入り、今まで人生で見てきた中で一位と言っても過言ではない出来栄えである。しかし僕の評価とは裏腹に、世間的な知名度は今一つで、批判的な意見が見られない程に誰にも知られていない作品であった。
つまり何が言いたいかと言えば、まともな手段で有栖カノンの出演作品を見られなくなってしまった今、有栖カノンの中でも知名度がめちゃくちゃ低い僕のお気に入り作品は例え違法な手段に手を染めても見ることが出来なくなってしまっているのだ。
そんな危機的状況の中、ふらっと立ち寄ったビデオ屋で、なんと中古で僕のお気に入りの円盤が置いてあったのだ!しかも百円という超お手頃価格!!!
これは買わない手はない。即購入した俺は気持ちを弾ませ、高鳴る気持ちを抑えて夜を待った。
この作品を始めて見た時、僕はまだ学生だったな。こうして寝る前にするために布団の上で・・・え?始めてAVを見た時の年齢?そんなの、ここで言える訳がないだろう。
まるで昔好きだった人に偶然再会をして言葉を交わしたような高揚感を抱きながら、封を開ける。
ああ、ドキドキが止まらない。もちろん、作品側のシチュエーションに興奮することも多々あるのだが、こうして視聴する側の僕にも、視聴に至るまでのシチュエーションが明確に存在すると、より一層興奮が高まってくる。
これは近年まれに見る快感を感じられるぞ。僕は期待で胸がいっぱいになる。
そしていざ視聴しようと思った時、あることに気がつく。
しまった、DVDプレーヤーが家にない。
どうしよう。専らネットでの動画視聴が当たり前になっていたから、DVDプレーヤーなんて家にないぞ。かとって売ってそうな店はもう閉まっている時間だし、この時間に開いてそうなコンビニにDVDプレーヤーがあるとは思えない。
くそ、折角の思い出AVを明日まで我慢するなんて、そんな試練あるかよ!だが今更他の作品で慰める気分にもならないし・・・
なあ有栖カノンちゃん、僕のおやすみの天使よ。久し振りに君の顔が見れると思ったのに、僕は今日も君を見ないでおやすみしなきゃならないのか?
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