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エピローグ
とある病院の一室に、柊はいた。
ベッドには新藤教授が横になっていた。
「体調はどうですか?医者からは、随分良くなったと聞いたんですが」
「ああ。そのようじゃな。しかし、私のような人間が生きていても…」
ため息をついた。
新藤教授は毒入りコーヒーを飲んだ後、駆けつけた医務室の看護士によって、応急処置を受けた。
里中も同じく、応急処置で心配蘇生し、奇跡的に一命をとりとめていたが、毒を飲んでから時間が経っていたこともあって、未だに昏睡状態だった。
「そんなこと言わないで下さい。今日は教授に大事なものを持ってきました」
「大事なものじゃと?」
「はい」
柊はカドホを取り出した。
「マユキ」
『はい』
「例の動画データを」
『了解』
空中にディスプレイが現れる。
里中が映っている。
「これは教授にもらった、データチップにあった動画です。この動画には教授も知らない事実が映っています」
「今更、そんなもの見ても…」
「いいから、見てみてください。マユキ再生してくれ」
『了解』
映像が動き始める。
「そうだ。教授。僕は新しいコーヒーの試飲で呼ばれたんですよね?コーヒーは出ないんですか?」
里中は笑顔で言った。
「君って人間は…。待ってなさい」
ため息をつきながら、新藤教授が席を立って歩いていく足音が聞こえた。
里中は教授の姿が見えなくなるのを確認すると、録画されているカメラを真っすぐに見た。
「教授。あなたは、きっとコーヒーに毒を盛ってくる。僕を殺すために。でも、僕を殺しても後悔はしないでください。そして、録画したこの事実を世の中に配信してください」
里中はニッコリ笑った。
それは作り笑顔のようにも見える。
本心は別のところにあるように思えた。
「僕は疲れました。人を殺すことに…。今まで何のためにこんなことしてきたんでしょうね。教授と会って、自分が嫌になりました。どうか、教授の淹れたコーヒーで、僕の人生を終わらせてください」
里中は寂しそうに笑った。
「…あなたに会えて良かった。死んだ人間を想い悲しみながらも、あなたは温かかった。目の前の、まだ失われていない命を何とか守ろうとしていた。それだけ、人の命は重いんですね」
穏やかな表情で言うと、ため息をついた。
「僕のしてきたことは、本当に許されることではなかった。だから、死なせてください」
笑顔で言った、その瞳は涙で滲んでいた。
「さよなら。教授。今まで、ありがとうございました」
里中は頭を下げた。
ポツリと、涙が落ちるのが見えた。
頭を下げたまま、里中は録画を切った。
「…里中くん」
新藤教授は目に涙を浮かべた。
「里中とは、本当に悪い人間だったんでしょうか?動画を見る限り、そうは思えない。ただ、政府に逆らうことが、できずにいただけじゃないんでしょうか?むしろ、教授が知っていた里中が、本当の里中だったのかもしれませんよ」
柊は穏やかに言った。
「そうじゃな…」
新藤教授は、顔がしわくちゃに見えるほどの泣き顔になった。
ポロポロと涙が零れる。
里中を信じられず、殺そうとした自分が許せなかった。
里中は私を信じていたのに…。
そんな想いから、涙が止まらなかった。
「もし、里中が目を覚ますことがあったら、その傍に教授がいないと彼は生きていけないかもしれない。だから、彼のために教授は生きないと、いけないんじゃないですか」
柊は、穏やかな温かい声で言うと、新藤教授に微笑んだ。
「そうじゃな…」
新藤教授は、涙の溢れ出る顔を両手で覆った。
「すまない。里中くん…」
そう言うと、新藤教授は肩を震わせて泣き始めた。
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