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エントランスの前でタクシーを降りると、ちょうど駅の方から樹がひょこひょこ歩いてくるのが見えた。
「おかえり、樹」
声をかけると、俯きがちだった顔を上げて。
「ただいま」
嬉しそうに笑う。
「真琴と飲んでたんだって?」
「うん。そっちは?冬也と陽、元気だった?」
「ああ」
エレベーターに乗り込むと、どちらからともなく会話が途切れて。
俺は黙って、行き先階表示を見つめてる樹の横顔を見ていた。
話をする、と決心したものの、どのタイミングで切り出したらいいのかわからなくて。
部屋に戻り、部屋着に着替えてソファに座ると。
樹は、キッチンからマグカップを二つ持ってきて、片方を俺へと差し出した。
「はい」
差し出されたお揃いのマグカップの中身は、湯気の立ったカフェオレ。
「ありがとう」
受け取ると、小さく微笑んで俺の隣に座った。
そして、また沈黙が落ちる。
樹は黙ったまま、マグカップを口に運んでいた。
手の中のカフェオレを両手で包んで一口飲むと、優しい甘さが染み渡って、少し落ち着いたから。
一つ深呼吸をして、覚悟を決める。
「…なぁ、樹…」
「ん?」
「…俺、ね…」
一旦区切って、樹の顔を正面から見つめる。
樹も、カップを膝の上に落とすと、まっすぐに俺を見つめ返してきた。
「…ヨーロッパに、行こうと思う」
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