――デート、してくれませんか?

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――デート、してくれませんか?

 七月一日、午前九時。  今日は身体が重くなる雨が、朝から降っていた。  どんよりと重い雲が続く下。傘を差し、猫背になって歩く人々を、窓から眺めることから始まった。  その中から一人、道を外れてこちらにやってくる。  ウィーン……。 「いらっしゃいませ」  自動ドアから入ってきた、全身黒ずくめのその男に、私は営業スマイルを見せ、挨拶する。その人はチラッとこちらに目をやり、足を止めた。 「――『死売りのシノミヤ』って、ここであってますか?」  少しかすれた彼の声に、にっこりと微笑んだ。 「ええ、ここが『死売りのシノミヤ』でございます。本日は、どの死をお選びでしょうか」  マニュアル通り言葉を吐き、言い終えてからメニューを見せる。  彼は受付に寄ってくると、メニューを眺めた。 「えっと、事故死に予約した、ナカノです……」 「ナカノ様、事故死課ですね。かしこまりました。少々お待ちください」  備え付けられた内線で、事故死課へとつなぐ。  ワンコールで電話が取られ、スタッフの無機質な「はい、事故死課です」という声が聞こえた。 「受付のハシモトです。ナカノ様がお見えになりました」  また無機質な「わかりました。通してください」と返答があり、私はお客様に笑顔で言った。 「ではそちらのエレベーターで、五階へどうぞ」 「……ありがとう、ございます」  そう言ってのっそりと歩き出した彼に向け「ではおやすみなさい」と頭を下げる。  これが私、株式会社シノミヤの受付の仕事だった。  受付の仕事は非常に単純だ。  お客様対応、電話対応。決められた時間にロビーの軽い清掃。それから、その日訪れたお客様の選ぶ、死の内容をまとめて、社内報を担当する広報課に提出するだけ。  それ以外の時間は比較的自由に過ごせる、何とも自由な職場だった。  だが、それだけではなかった。 「いらっしゃいませ」  一週間後。雨の日の朝。声をかけた相手を見て、ひくっと頬が引きつった。 「――どうも、えっと、ハシモトさん」  そこにいたのは、ちょうど一週間前にもやってきた、あの全身黒ずくめの男だった。  さしていた傘を閉じ立て掛けて、ゆっくりと服についた水滴を払う。 「……あら、えっと」  思わずマニュアルを忘れて首を傾げると、彼はチラッとこちらに目をやり、「ナカノ、です」と簡潔に答えた。 「そうでした、ナカノ様。本日はどうなされました? 死の変更、でしょうか?」 「……いえ、今日は、その……」  バッと手を差し出すなり、彼は言った。 「俺と、デート、してくれませんか?」 「……はい?」  雨脚が強くなり、ザアアッと窓に雨が流れていく。
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