お客様の願いは優先事項です。

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お客様の願いは優先事項です。

 死を購入したお客様には、いくつか特典が設けられている。  一つ。死までの期間内、最低限生活が保障される。  二つ。死を買う際の金額半分は、その期間好きに使うことができる。  三つ。死を購入後、お客様はシノミヤから死を見届けるためのスタッフを一人、選ぶ権利が与えられる。  彼は言った。  三つ目の権利を使い、私を選びたい、と。 「――なぜそれが、私とのデートにつながるんですか?」  死を見届けるスタッフは、最後の日にお客様の死に立ち会えばいいだけだったはず。  それはお客様にも……ナカノ様にも伝えられているはずなのに。  カウンター越しの彼は、ふっと目を細める。 「俺の、ただのわがままです」  とても小さな声だったけど、真っ直ぐに伸びた髪の間に見える耳が、少し赤くなっていた。 「そう、ですか」  その辺の感情には疎いが、お客様からの使命は名誉なことだ。 私は立ち上がり、彼に頭を下げる。 「では、死までの期間、よろしくお願いします。ナカノ様」 「……マサヤです」 「はい?」  聞き返すと、彼から不満そうな声が返ってくる。 「……下の名前。一応、言っておきます。あと、できれば様付けるの、やめてくれませんか」  チャンス、とばかりに意見を言う彼は、それまでで一番饒舌だっただろう。思わずゴクリ、と生唾を飲む。 しかし気圧されながらも、スタッフとして、仕事は全うせねばならない。  一度深呼吸をして、私は口を動かした。 「ナカノ、マサヤ……さん」 「はい」  すうっと目を細めた彼。それが、彼の嬉しい時の笑みなのだと知り、思わず閉口した。  ――なんて、眩しい。  初めて感じたそれに、私も目を細めた。  そうして、彼の死までのカウントダウンが始まった。
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