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下校中、巧の四人のクラスメイトたちが突然巧の腕をつかみ、細い裏路地へと連れ込んだ。巧はされるがまま、奥の方へ引っ張られた。
それからクラスメイトたちは巧に罵声をひたすら浴びせ続けた。巧はそれをちゃんと聞いていた。
まあ、いつものことだ。
自分たちの怒声に興奮してきたのか、一人が巧の肩を強く押した。巧はふらついて、倒れそうになるのをこらえた。
お、こういうのは初めて。
それに勢いづいた他の三人も、巧を押し始めた。さすがに踏ん張れなくなって、巧は尻餅をついた。
「痛ってぇ」
まさか巧が倒れるとは思っていなかったのか、四人は一瞬怯んだ。が、一人が
「お前が悪いんだ!」
と言うと、またぞろ四人の口撃が始まった。
巧は誰かが路地に入ってきたことに気づいた。四人は巧を言い負かすことに夢中で、それには気づかない。
四人の後ろに、ぬっと大きな影が伸びた。
「自分らぁ、よってたかってはみっともないわぁ。やんならタイマン、一対一でやれやクソどもがぁ」
ドスのきいたその声に振り返った四人は、それとわかるほど怯え、一目散に逃げていった。
巧は目の前にいる男を見上げた。
よれよれのスーツ姿、少しだけ伸びた髭、洗っていないのか、妙に光沢のあるもしゃっとした髪が汚らしい。
「立てるかぁ?」
歯も煙草を吸っているのか、黄ばんでいる。
しかし、鋭すぎる三白眼は妙にきらきらしていた。見た目の小汚さとのギャップが、巧の気持ちをざわざわさせる。
巧は黙って立ち上がった。ズボンをはたき、手のひらをはたいて、どこか怪我をしていないか確認したが、手のひらの皮が少しめくれているだけだった。
「立てました」
「……せやな。立ったな」
そのまま黙って巧は男の横を通り過ぎ、路地を出ようとした。後ろから男の声がする。
「こういう時はありがとうくらい言えや」
先ほどのドスのきいた声ではなく、何かを諦めたような、こちらに特に期待をしていないようなしょぼくれた声だった。巧は振り返り、
「ありがとう」
と、機械的に言って、すぐに前を向いて歩き出した。巧の後ろで錆びたドアの開閉音がした。振り返ると、男の姿は見えなくなっていた。
路地を出ると、すぐそこにある煙草屋のばばが腰をかがめて巧に走り寄ってきた。
「アンタ、大丈夫か?」
「何がですか?」
「今の男、アレ、や・く・ざ!」
やくざ、のところをやたら強調して言うばばの顔が滑稽で、巧は、はあ、と気のない返事をした。しかし、そんな巧の様子にはお構いなしで、ばばは捲し立てる。
「アレはなんでも殺す。懲役何回行ってるか分からん。近づいたらダメ。声かけられてもダメ。じゃないと殺される。見たらすぐに逃げなさい」
言いたいことだけ言って、ばばはさっさと店に戻って行った。
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