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巧はやくざというモノに生まれて初めて出会った。これまで会ってきた、他のどの人とも違う雰囲気だった。
なんか気になるなあ___
巧は放課後、やくざと呼ばれた男に出会った路地へ向かった。
男が入ったと思しきドアの前でうろうろしていると、お、と言って男がやって来た。今日は昨日と違って、髪はふんわりとして光沢がなく、髭もなくなってさっぱりしている。よれよれのスーツに変わりはないが。
「なんや、またいじめられとったんかぁ?」
「違います」
男はにやにや笑いながらこちらへ近づいてくる。にやにやしているが、笑うと意外とかわいらしい。巧は無表情のまま、男のきらきらした目をじっと見た。
「おじさんってやくざなの?」
巧のストレートな質問に、男は声を失って、それから笑い出した。声を出さず、喉の奥で高い音が鳴っている笑い方で、こういう笑い方をする人を巧は初めて見た。そして、歯も相変わらず黄ばんでいる。
「ちゃうわ、阿呆。誰に聞いてん」
「煙草屋のばば」
そこでまた男は笑い、あのばば、と愉快そうに呟いた。
「ちゃうちゃう。まあ、やくざに仕事もろてるけど、俺はやくざとちゃうで」
「いっぱい殺してるっていうのも嘘?」
男はもはや呆れていた。
「なんやそれ。俺、都市伝説になってるやん」
ばばは嘘をついた。巧はそれを確認した。
「じゃあ何やってる人?」
男は巧を値踏みするようにじっとりと睨め付けた。巧は、男の雰囲気が変わったな、と思い、見つめ返した。男の目のきらきらはなりをひそめ、暗い色がたちこめる。
しばらくして、男の雰囲気が元に戻った。
「小僧、ただもんやないなぁ。普通は俺に睨まれたら大人でもしょんべんチビりよるで」
驚いているようだった。
「よく普通じゃないって言われる」
「あー……。なるほどねぇ」
だからいじめられてたんやなぁ、という言葉を男は飲み込んだ。
男はポケットから鍵を取り出し、錆びついたドアを開けた。
「小僧、おもろいな。せっかくやし、おっちゃんとお茶でもしばくかぁ?」
男は巧をドアの中に誘ったが、巧は動かなかった。
「知らない人にはついて行くなと言われているので」
男はまた笑った。
「せやな。その方がええわ」
男はそのままドアを閉じた。巧はそのまま帰ろうとしたが、男のことが妙に気になる。しばらくドアの前で、男が出てくるのを待ったが、なかなか出てこないので日を改めることにした。
路地から出ると、また煙草屋のばばが走り寄ってきた。ばばが何か言う前に、巧は、
「あの人、やくざじゃないって言ってたし、殺したりもしてないって言ってた」
と、言った。ばばは一瞬口を開けた間抜けな表情をしたが、
「嘘つき」
と、巧が言うと、顔を真っ赤にして震え出した。そして何事かを叫びながら捲し立てているのだが、要領を得ず、何を言っているのか分からない。巧はばばが気の済むまで叫び続けているのを、黙って眺めていた。
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