614人が本棚に入れています
本棚に追加
正悟は、懐かしい記憶を思い出すように、少し遠い目をしていた。
「恵理さんに初めて会った時、僕、コーヒーサーバーの前で立ってたんだ。
おまえ、暇なんだから、みんなにコーヒー淹れてこいって言われて……
経理部の人のこと、完全に憶えてなかったし、何を飲むかも全然分からなくて。訊きに行こうとしたら、仕事の邪魔するなって妨害されるし……」
子供以下の嫌がらせに、苛立ちだけでなく呆れた思いも湧いた。そんな人間はまったく使い物にならなかったに違いないと思った。
「その時、経理に恵理さんが来たんだ。領収書持ってきててさ。
サーバーの前で立ったままの僕に気づいて、声を掛けてくれたんだ。
どうしたの、何か困ってるのってね」
説明されても、まったく思い出せなかった。でも、正悟には忘れられないことだったと分かる。
「仕事することもできないで立ったままだったから、恵理さんが声掛けてくれた時、泣きそうだったんだ。
説明したら、恵理さんが、全員にコーヒー淹れるといいわって言ってくれたんだ。
飲まない人なら、そこで言ってくるからってね」
やっぱり全然思い出せない恵理だ。彼女には、記憶するほどのできごとではなかったのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!