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自分のことで「人並みの」だの「だれもがうらやむ」なんて言われるのがとてもとても嫌いなくせに、わたしは、彼女にはどんなに悪くても「人並みの」幸せをあらゆる方面で手にしていてほしいし、「だれもがうらやむ」人生を歩んでいってほしいと望んでいる。
彼女は上等な女の子だから、たくさんの男の子から好かれる。その中で一番すてきな人と結婚する。漠然と、そう思っていた。そして、彼女の結婚を心から喜び祝う自分を、信じていた。
どんなにか素晴らしい男の子と運命で結ばれたって、彼女にとって「一番の女の子」はあくまでもわたしだ。
そう、信じていた。
「引っ越すの」
と、彼女は言った。
「いっしょに暮らす人とね、マンション、買ったから」
と、彼女は言った。
結婚? おめでとう! と、彼女の二の腕をつつけば、彼女は「そういうつもりではあるんだけどね」と笑った。
「家族は反対とかしないでくれてるけど、さすがに職場には言えないし」
と、彼女は言った。
「女の子なんだよね。相手が」
と、彼女は言った。
え? と、戯れるような調子で返したはずの自分の声が、あまりにも冷たかったことに、驚いた。
だめだよ。
彼女にとって「一番の女の子」はわたしでないと。
男の子といる彼女なら、いくらだって許容できる。どんなにわたしとの関係を蔑ろにされたって平気。だけど、だめだよ。女の子は、だめだよ。
険しく渋い顔をしていたんだろう、わたしに目をやった彼女が、ふっと鼻を鳴らした。
「恥ずかしいよね。女と同棲する女と友達だなんて」
と、彼女は言った。
「ごめんね」
と、彼女は言った。
彼女の謝罪の言葉は、ただただ彼女自身を卑下していた。
だけど、私は、胸の奥で一つの感情の息の根が止められるのを知覚していた。
ごめん、と言われて死ぬ感情なんて、一つしかない。
恋だ。恋だったのだ。
目の前の、悲しげな彼女は「人並みでない」恋を認めようともしない私に詫びていて、だけどもう私ではない女の子と生きていくことを躊躇っていない。
死んだ恋の残骸に嫉妬の炎が灯る。
彼女の恋人が、妬ましい。彼女が恋人と築くであろう幸せが、妬ましい。
死んだ恋が燃え尽きるまでの束の間、私は、うらやんだ。
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