1 誰も寝てはならぬ

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 粉塵と瓦礫の平野だった。視界の中に動くものはなにもない。草木は一つも生えておらず、殺伐とした空間が地平線へ広がるだけである。すべてが灰色と藍色の中にあって、唯一目覚めたてのリリィだけが、金髪を垂らし白い服に身を包んでいた。 「美夜(ミヤ)……?」  旧友はおろか、誰もいない。世界が死んだみたいだ。リリィは自分の置かれた状況を理解して、わっと泣き出した。突然の声に飛び上がったヴォルフが、カプセルの外へ逃げた。 「起きる時代をまちがえちゃったんだ」  もう美夜には会えない。髪を梳いてもらうことも、星空のような黒い瞳を覗き込むこともできない。 「わん」  ヴォルフが一声鳴いた。  リリィはしばらく泣きじゃくっていたが、賢明なブル・テリアは地面を小さな輪っかになって走り回った後、もういちどリリィを鼓舞するように「わん」と吠える。 「……そうだね」  リリィはヴォルフの一鳴きに背中を押され、石膏のごとき白い肌から流れる涙を、掌で一生懸命に拭いた。 「まだ世界に私一人しかいないって、決まったわけじゃないよね」 「くぅん」 「うん、一人と一匹」  リリィは華奢な身体を震わせて、ついに灰色の大地に足をつけて立ち上がった。カプセルの中にあった非常用の袋に懐中電灯があったので、手に持つ。 「美夜は絶対に私を置いてきぼりになんかしない。そうよね」 「わん」 「いきましょ、ヴォルフ」  リリィはヴォルフと共に死の平野を歩き始めた。
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