1 誰も寝てはならぬ

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1 誰も寝てはならぬ

 ──おはよう、リリィ。  焦がれた旧友の声が聞こえた気がして、リリィは重い瞼を開いた。  天井は一面、藍色のカードボードに白い絵の具をそのまま歯ブラシで飛ばしたかのような点が、無数にぶちまけられている。  まるで夢に見た満点の夜空のようだ──そう思いかけて、リリィは視界いっぱいに広がる濃紺が本物の夜空であることを知った。  辺りは夜戦の音はおろか、静けさすらも聞こえぬほどであった。  全身が石になったかのようでしばらく指ひとつも動かせなかったが、少しずつ感覚を取り戻しつつあるリリィの胸元で、もぞもぞと動くものがひとつある。 「ヴォルフ」  一足先に毛を震わせたブル・テリアのヴォルフを、リリィは細い指で撫でた。いつの間にか腕を動かせるようになったようだ。  先程まで一人と一匹を包んでいたゆりかごの正体は、硬質な素材のカプセルだった。つむじの上を見ると蓋が開いている。 「ねえヴォルフ、約束と違うわ」  鈴のような声で、リリィは愛犬に声をかけた。 「ほんとうならあなたのご主人が、私におはようを言ってくれるはずだったのよ」  ヴォルフはリリィの胴の上で尻尾を千切れんばかりに振るだけだ。リリィは錆びついた上体を起こしながら周囲を見回した。
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